- 運営しているクリエイター
記事一覧
1945年3月10日~体験者の話を聞く
東京生まれの東京育ちである私
また、親が戦前生まれであるためか、3月10日=1945年3月10日なのである。
いつからかは知らないが、東京都は、この日を東京平和の日として式典を開き、午後2時から一分間の黙とうを行っている。
東京都内の自治体のなかには、防災無線で黙とうの放送が流れる。
今日、90歳の男性と話す機会があった。
彼は、ご自分が昔描いたスケッブックを開きながら、当時、下町で体験した東
初夢…1945年8月6日午前8時
今年の初夢は、
1945年8月6日午前8時の広島市にいた夢であった。
そこから、離れようとしても足が絡み、前に進めない。
焦る気持ち。
息はあがり、苦しい。
橋の上で、息を整えていて、ふと周りを見渡すと、
前方に産業奨励館が見える。
橋には、白いセーラー服とモンペ姿の女学生が数名、楽しそうに話しながら橋を渡っている。
出勤のために足早に歩いている眼鏡と口ひげがある男性。
子供と手
二本松少年隊と生まれくる子どもたちのために
私は、好きな音楽を何度も何度もリピートして聴く癖がある。
それも、二つ年上の姉から、こっそりとカセットテープを借りてよく聴いていた。
なかでも、オフコースの「生まれくる子供たちのために」を何度聴いても何度も聴いていた。
その頃。姉から借りた木原としえさんの「天まで~」という新選組の沖田と土方を主人公にした漫画を読んでいた。幕末に関心を持ちはじめていた。
NHKの大河ドラマでは、獅子の時代を
1945年7月25日広島市上空
最近、広島市中島地区に気になり、いろいろと調べていた。そしたら偶然、広島市のホームページに1945年7月25日に米軍の上空写真をみることができた。
今は、平和公園であるその場所には、家々が立ち並び、対岸には産業奨励館がある。現在の平和大通りのところが白く映っているので、建物疎開のところからなと、平和記念館に問い合わせたところ、そうだという。
その写真を眺めているとそれぞれの家の営みが聞こえてき
もし、そこにいたら…
今日、電車に乗っていたときに「ウージの下であなたと出会い、ウージの下で永遠の別れ」The Boomの島唄が頭の中で流れていた。久しぶりである。
はじめて島唄を聴いたとき、とても悲しい歌だなという印象があった。歌詞の意味のなかで「ウージ」がサトウキビ畑だと知り、この歌の背景は沖縄戦だなと思った。そしたら、三つ編みした白いセーラ服にモンペ姿の女学生の姿や20代ぐらいの女性の姿が浮かんできた。
島唄