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誇りに死ぬか、それとも……。

これは、ある土木作業員さんのお話。

「To be, or not to be」とあるように、人生は選択の連続だ。朝、目が覚めて布団から出るか、出ないか。昼ごはんは何を食べるのか。どうやって生きていきたいのか。簡単な問いから答えの無い問いまで様々ある。生きることは、自らの問いに答え続けていくことなのかもしれない。

その選択は、突然降ってきた。60代後半、小柄な体型はお年寄りのイメージにぴったりだ。しかし、日焼けした皮膚に刻まれた皺と抜け目ない眼光は、彼がベテラン職人であることを物語っている。そして、歯がほとんどない。

上顎に残った2本の歯。他人から確認できるのはそれだけだった。休憩時間になるとその2本にタバコを挟み、手を使わずに一服する。くわえタバコならぬ挟みタバコだ。唇の動きだけで灰をトントン落とす様は並の芸当ではない。

そんな彼が、ある日を境にタバコをやめた。歯が1本抜けたのだ。これでもう挟んで吸うことはできなくなった。本人の年齢と健康を考えれば正しい選択と言える。「お前ら、まだそんなもん吸ってるのか。タバコやめたら弁当がうまいぞ!」とまんざらでもなさそう。

手を使わずに吸う。彼なりの流儀・美学がそこにあったのかもしれない。でなければ普通に吸う方法を選ぶだろう。禁煙はそんなに生易しいものではないのだから。一連の行動は、誇りに殉ずる映画の主人公のようだった。

半年が経った頃。建設現場の喫煙所には、タバコ戦線に復帰した例の男の姿があった。後ろ手に手を組み、くわえタバコをする懐かしのスタイル。よく見ると奥歯で噛んでいるようだ。奥歯はまだ健在だったのか。

人は決断を迫られた時、「たとえ死するとも信念を貫く」か「妥協し安易な策に流れる」かという二者択一を考える。しかし、第三の可能性に目を向けてみてほしい。「自らが革新・進化を遂げて乗り越える」という方法である。

彼は英雄でも殉教者でもなかった。凡人が誇りのために死ぬのは難しい。かと言って妥協ばかりの毎日では寂しい。それならば壁を破る工夫をしたい。ちょっとしたアイデアが、明日を生きやすくしてくれるはずだ。

追伸、

朝早く隠れるように喫煙する彼は、さながら青春ドラマの1コマのようで心を洗われた自分がいます。




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