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『もう一度旅に出る前に』21 印刷の日 文・写真 仁科勝介(かつお)

写真集づくりは大詰めで、たちまち印刷の日になった。立ち合いは初めてだ。印刷に向けてずっとお世話になっている飯田橋の八紘美術さんには、もう地図を見なくても行ける。

写真集は144ページ、写真は130枚ほど。B5サイズの横長で、ソフトカバー。クレジットには編集や校正、翻訳と、いろいろと手伝ってくれた友人もいる。クレジットにはないけれど、写真集の手取り足取りを相談させてもらった、八紘美術の方々がいる。「一人じゃ何もできない」と真面目に思うことって、安っぽいですか?

10月末、占い師であり作家である稲田万里さんが、ひろのぶと株式会社さんから小説を出版する。稲田さんはコミュ力の塊みたいな先輩で、数回お会いしたこともある。その小説の制作過程は幅広く公開されていて、彼女も先週、印刷日を迎えて現場に立ち合っていた。という記事を読んだ。ふむふむ、ほっほー。ははあー。素晴らしいなあ。一緒に見学している気持ちになる。

だから、今度は自分の番だなあと、心の中で追いかけていたのだった。ただ、稲田さんたちは会社の方々と訪れていたが、ぼくは一人だ。自費出版とは、そういうことでもある。待合室で静かに待つ。会社は活気があって、ほかの訪問者の方々は絶え間なく、打ち合わせの声が響いている‥‥。


「準備できましたので!」

とお声がかかった。さあ、印刷の現場へ。重い扉を開けた先には、稲田さんの記事でも見た大きな印刷の機械が、八紘美術さんにも鎮座していた。

「色の最終確認をお願いします」

うっす、とそれっぽく、じーっと色を見る。うん、いい色だ。


「大丈夫です。よろしくお願いします」

そう答えると、ボタンが押されて、機械が動き出す。ウィィィィ、ガッシャ、ガッシャ、ガッシャ、シュンシュンシュンシュンシュン‥‥。そして、印刷された紙が、次々と重なっていく。

途中、機長さんが慣れた手つきで印刷された紙をさっと抜き取った。それを太陽光に設定されたライトの下で、鋭くチェックする。

「何枚も印刷していると、途中で色が僅かに変わります。その差がないように、微調整するわけです」

ひとつの印刷が終わると、もう一人の職人さんは、次の印刷用紙を機械に手で重ねていく。何枚持っているのだろう。重そうだ。そして、紙が折れないように、一定のリズムを刻んでいく。どんっ、ぴたっ、どんっ‥‥。

現場を見学してよかったなあと思うのは、ぼくの心が汚れていたからだ。今こんなことを書けば、なんて失礼だろうと思うけれど、印刷は機械がすべてやってくれるのだ、と思っていた。自動化されたシステムで、何かあったときに、人が手助けするような感じで。

それ、ぜんっぜん違う。印刷しているのは機械だけれど、機械を動かす人たちが、圧倒的に主人公だ。機械が主で、人が従ではない。人が主で、機械が従であった。もし、あれこれと質問していたぼくが現場にいなければ、もっと黙々と淡々と、いろんな出版物を、毎回、ひとつずつ、同じように、機械を動かし、色を見て、印刷している‥‥。印刷立ち合いの記事を読んで、一緒に見学なんて、できていなかった。表面上で見ていただけだ。恥ずかしくなった。

写真集が出来上がっていく喜びはとってもあったけれど、その喜びと等しくして、現場を見ることができてよかったなあ、とぼくはぼそぼそ、呟いていた。だって、この工程を見ていなかったら、これからもずっと、「機械がやってくれるんでしょう」と思ったままだったのだから。

単行本はわからないけれど、時間もかかった。朝からはじまって、昼食のお弁当も用意していただいたて、1日では終わらなかった。数時間で一気に終わっちゃうのかな、なんてまたナメていた。

「今回、1000部をお願いしていますけれど、数万部の印刷もあるわけですよね‥‥」

と尋ねたら、

「数万部の印刷は、大変ですよ」

って、ねえ。

翌日に印刷が終わったら、今度はそれを製本していただき、ようやく出来上がる。人の手間が、たくさんかかっている。なんてありがたいことをしてもらっているのだろう。帰り際、そして帰りながら、一人しみじみした。手元に届くまでも、ゆったり同じ気持ちで待とう。


*今回製作している写真集(自費出版)の販売は、11月8日(火)から11月19日(土)の、山陽堂書店さんでの個展会場と、ネットショップ(BASE)での販売を、まずは軸に考えています。ネットショップの準備も進めていますので、もう少し、お待ちくださいませ。



仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。

HP|https://katsusukenishina.com
Twitter/Instagram @katsuo247

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