『旧市町村日誌』 45 一週間いろいろ 文・写真 仁科勝介(かつお)
7月6日-7月12日
一か月ぐらいの時間をかけて起こりそうな出来事が、一週間のあいだに次々と駆け抜けていった。
まずは伯耆町で5年ぶりに大学の先輩のご実家に伺ったこと。あたりまえのように食事や洗濯、お風呂とお世話になってしまった。お母さんは旅の動向を追いかけてくれていて、おばあさんも以前と変わらず優しく接してくださり、クールなお父さんと素敵な娘さんは、休日にクイズを一緒に真剣に解いていて微笑ましかった。出発前夜、大山寺へヒメボタルを見に連れて行ってくださる。暗闇に無数の光の波が現れ、360度森全体が、ヒメボタルの舞台だった。そうした特別な時間もあったけれど、おうちで食事を運んだり片付けたり、とりとめのない会話があったり、生活の中にある名もなき瞬間に、ご家族の魅力が詰まっていて、とても好きだった。
2日後。雨の日に旅を進めるかどうか、雨量の予想を参考にしていて、小さな雨だと思ってスタートしたけれど、この日は予報が完全に外れて、一日中、大雨が降った。国道9号線でトラックに追い抜かれ、水しぶきをヘルメットの上までかぶったときはまだ心の余裕があったけれど、その後の雨がすごかった。東郷池のほとりで遭遇した雨が最も強く、世の中にはこんな雨もあるのかと思った。土砂降りの中でも明らかに違って、数メートル先が何も見えない。このとき、かろうじて本屋の中にいて救われた。
そうしてやっとの思いで着いた宿で、チェックインしようとすると、爽やかな男性スタッフに「お客様、宿の予約が明日になっていますが……」と。確認すると、確かに予約日を間違えていた。しまった……。落ち度は完全に自分にある。別の宿を探すなり、すぐに対処するしかないと思ったけれど、「大丈夫です。方法を考えましょう」と言ってくださり、「支配人を呼んで確認しましょう」とやってきた支配人は、明日の予約を無料でキャンセルし、今日の予約を現金で支払うことで、金額に誤差が出ないように配慮してくださった。裁量は支配人の心しだいだったはずだけれど、頭が上らない。「お風呂に入ってくださいね」と最後に声をかけてくださった。いつかどこかでこのご恩を返したい。
岡山県に入り、真庭市ではかつての取材でお世話になった方々に何人かお会いできた。農家、猟師、喫茶店の店主……。ここで出会う方々は、少々のことがあってもぐらつかないような、生活の営みの力強さを感じる。旅をしていると、人間がいかに小さな存在で、たくさんの恵みによって生かされているかということを、感じざるを得ない。ここで出会う方々は、自然をうわべではなく大切にする考えや、手触りの豊かさがそばにあって、すごく心地が良い。
次に泊まった民宿では、別のお客さんと宿のあいだでトラブルがあり、予定よりも一日早くチェックアウトさせてもらい、急遽、真庭市で大学の先輩のご実家に泊まらせていただいた。数日前に伯耆町でお世話になったご家庭は、ぼくや旅のことを知ってくださっていたけれど、真庭市のご家庭のお父さんとお母さんは、ぼくのことをほとんど知らない。「実家に泊まっていいからね!」と伝えてくださっていた先輩も、実家には住んでいない。その意味で泊まらせていただくのは申し訳ない気持ちがあったけれど、民宿のこともあって先輩に連絡をし、お世話になったのだった。
「きみが、かつおくんですね」と初めましての自己紹介から始まった中、お母さんはとても気さくに迎えてくださり、生粋の岡山弁でいろんな話をしてくださった。お父さんも仕事から帰ってきてご挨拶をする。先輩はご結婚されていて、その結婚式に参列したとき、お父さんは物静かな方なのかなと思っていたけれど、お会いしてみると、これまたちゃきちゃきの岡山弁で気さくに話してくださって、印象がガラッと変わった。最後に帰ってきた弟さんは大学1年生になったばかり。ぼくみたいな来客は嫌なんじゃないかな……と心配だったけれど、それはたぶん杞憂で、びっくりするほど自然体で接してくれて、一緒に鬼滅の刃のアニメを見た。「作画、最高っすね!」
大学で感じていた先輩の印象と、ご家族を通して感じる先輩の姿は、違っていた。いや、違っていたのではなく、これがほんとうに近いのかもしれない。人は誰でも、家族と過ごす時間の中で培われたいろんな要素が、“じぶん”をつくりあげている。だから、ぼくも家族から大きく影響を受けているだろう。でも、やっぱり自分自身のことはわかりづらい。自分を知ることがいかに難しいかということも、あらためて思うのだった。
仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。
2023年4月から旧市町村一周の旅に出る。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?