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『旧市町村日誌』17 旅と仕事 文・写真 仁科勝介(かつお)


8/14(月)曇り、一時雨

 津軽半島の大きさについて、油断ならないと思っていた。太宰治の「小説『津軽』の像記念館」が建っている、小泊の港町まではまだ近かったが、小泊から龍飛崎までは道が険しく遠かった。

 さらに、沢木耕太郎氏も訪れていた津軽線最北端の三厩駅は、確かに何もなかった。沢木氏のエッセイを読んだとき、「三厩駅の終着駅度が……」と表現をしていて、何もない駅に対しての感じ方、そして想像力をかきたてる言い回しに唸らされたのだ。

 何もないように感じられるとき、何もないと書く勇気が、自分にはあるだろうか。何もないことを、落ち着いた言葉で表現できるだろうか。それは今日訪れた、太宰治の記念館でも感じたことだった。

 

8/15(火)雨、曇り、晴れ

 今日は休むことにした。旅をしている日も、旅を休んで作業をする日も、時間があっという間に過ぎることに変わりはない。しかし、両者には大きな違いがある。「考える深さ」が変わるのだ。

 旅を休んだ日には、写真を整理することが多い。今まで撮った写真を必然的に振り返ることになる。写真を振り返っていると、基本的には嫌気が差す。下手だなあと思う。

そして、ごくたまに、好きな写真と出会う。その結果、写真をいろいろ考え込む。今までの作業日もそうだったし、今日も同じであった。

 

ただ、今日気づかされたことは、特にこれからも忘れずにいたいことだ。「何のために写真を撮るのか」に対する、自分なりの考えである。これまで撮ってきた写真から、自分は何を、何のために撮っているのか、考え直した。そのようなことも決めずに写真を撮っていたのかと言われたら、ぐうの音も出ない。

 
でもようやく、スッキリとした気がしている。撮った写真の話ではなく、写真を撮る前の、自分との対話ができたと感じるからだ。

 

ちょうど今、旅は2割進んで、残り8割を残している。これからの8割、自分の中でより軸を持って、進むことができたらと思う。

 

8/16(水)台風

 仕事で青森を離れている。今、自分がどこにいて、何をしているのか混乱する。

 滞在先のホテルのエレベーターが開いたとき、偶然その中に乗っていた男性が、大学の同級生だった。しかも、彼とは同じバイト先だったのだ。まさかエレベーターで知り合いに再会するとは思いもしなかったので、お互いにビックリして話し込んだ。

 彼は福祉の仕事をしているそうだ。最近は結婚もしたという。とはいえ、ほかの大学の同級生が、どこで何をやっているかなんて、案外わからないよねと話した。それに、彼は大学を出て4年、ぼくは3年と経つわけだが、そうした年数の先に自分がどこで何をやっているかなんて、わかりっこないよね、と。

 

8/17(木)晴れ、曇り

 目の前に仕事先の相手がいて、名刺を交換する。当然、このときぼくは旅人ではない。数日前までスーパーカブで日本を巡っていることなど、相手には一切関係がないのだ。この点において、「自分が何をしてきたか」など、どうでもいいことだと気づかされる。過去にとらわれてはいけないとはよく言うが、その過去というものは、数年前だけではなく、昨日、一昨日というほんの少し前の時間に対しても、同じく言えるのだ。

 忍者屋敷の隠し扉を回したように、急にまったく違う世界にやってきて、同じ24時間ではあるものの、まったく違う世界が目の前にある。旅とはまるで違う刺激だ。

 

8/18(金)曇り、晴れ

 普段、旅先でお酒を飲む機会はあまりない。お酒が強くないし、できるだけ早朝に出発したいから、メリットをさほど感じないのだ。

 仕事先の方々との食事には、お酒が入る。翌日も仕事は続くけれど、早朝から始まるわけじゃなければ、自然な流れだ。昨日は車の運転の可能性があって飲まなかったけれど、今日は一緒に飲んだ。

 今日は仕事のみなさんに加えて、画家の方も同席された。お酒が好きで、カラッとされた方だとは伺っていたけれど、服装も半パンに雪駄のラフなスタイルでお越しになられて、上から目線などもまるで感じなくて、オーラに深みと軽やかさが溢れていた。

 自分がどうやって生きてきたか。言葉で綴ることもできるけれど、直接会ったときに感じるオーラが、いちばん人を表しているように感じる。それを作り込むことはできない。作り込んでも、嘘は必ずバレてしまう。生きてきたそのものが、人の素になる。画家の方の振る舞いには嘘のない味わいがあって、そう思わざるを得なかった。楽しいお酒の場だった。

 

8/19(土)晴れ、猛暑日

 仕事の最終日。4泊5日の4日目で、明日には青森へ戻る。ひとりではなくて、チームでの行動だから、気づきと学びがたくさんあった。

 ずっとひとりで旅を続けていると、自分との対話は深まるが、もう少し誰かの意見を聞きたくなる。自分の発想にはない視点に触れることが、本来いちばん大事なことだと思うから。だから、旅はその点において、マイナスな部分もあると感じている。新しい出会いもあるが、毎日あるわけではないから。それをわかった上で、旅を続けている。

 

さあ。切り替えて、体を休めて、旅の再開の準備をしよう。今は全身筋肉痛で、ちょっと体が重い。





仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。
2023年4月から旧市町村一周の旅に出る。

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