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だけど願いはかなわない 第一話「スミちゃん」

※このお話には「序章」があります※

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どうしようもなく眠れなくなって、もしかして自分には人肌が必要なのかもと思い至り、それなら誰かと寝てみようと思った。

そうしてハルキ君と出会ってから、私は時々『スミちゃん』になる。

スミちゃんは本当の私より一つ年上で、普通の会社員で、女友達とルームシェアをしている。

身バレ防止のために年齢を変え、少々特殊な職業は隠して普通の事務員という設定にした。友人と住んでいるのは事実で、そして誰かと住んでいる事をあらかじめ話しておけば、「送っていくよ」「家に行ってもいい?」と言われる心配も無い。

アプリで募集をかけたのは二度目だった。一度目はこの世界の勝手が分らず、反応があり過ぎて慌てて消去した。どうやら、私が想像していたよりも遙かに男女比が極端な場所で、その上、とても意外な事に三十一歳(本当は三十歳)の私は全くもって若い部類らしい。アプリを通して届いた膨大な数のメッセージを読むだけで疲弊してしまった。

なので二度目は、相手に求める事をもっと具体的に、そしてシビアにしてみた。

年齢は私(の嘘の年齢)と同じか前後一歳まで。既婚者・恋人有り・喫煙者、全てNG。

女性側が完全に受け身でOKな、いわゆる『尽くし型のエッチ』が好きな人。SM等アブノーマルな事は望んでいません。こういう出会いは慣れていないので、初回は会ってお話をするだけでお願いします。お互い気に入れば改めて会いたいです。詳しいプロフィールと雰囲気の分る写真が送れる方のみ。ただし、顔は隠していただいても可です、と。

年齢の幅を極端に狭くしたのは、単に前回多すぎた応募人数を絞るためだ。一回目の募集の時に比べれば十分の一以下ではあるけれどそれでも充分な数のメッセージが届き、これだけ条件を厳しくしたのにと驚いた。

まず、その中から三人会ってみる事にした。文字でのやりとりも大事だけれど、その人と寝て良いと思えるかどうかを判断するには、結局のところ実際に会ってみないと分らないと思ったからだ。

一人目は明らかに相手のプロフィールが嘘だったので、会って五分で逃げ帰った。どう見ても、年齢は十以上、体重は三十以上サバを読んでいた。
二人目は嘘つきや悪人というわけでは無かったけれど、服装や喋り方から滲み出る『自分、昔はワルかったので』といった雰囲気が合わず、お断りさせてもらった。

二回連続で期待外れだったので、少しうんざりしつつ三人目に会った。この人の事は強く印象に残っている。話の幅が広く、こちらのトークを引き出すのも上手で、アダルト系のアプリで出会った事を忘れそうになるほど会話が盛り上がった。気が付けば私は、自分の本当の年齢も打ち明けていたのだ。

「普通、女の人は若い方に嘘つくんだけど。君、面白いね。気に入っちゃった。」

そう言って微笑みながら私の手を握ってきた相手に、ああこの人は相当なクセ者だなと感じた。味と能力のある人間は好きだけど、それはもう身近に居て嫌というほど間に合っているし、今回求めている人材とは違う。きっとこの人は、私に安らぎは与えてくれないだろう。むしろ、取り込まれてしまう。

結局この三人目の人もお断りしたけれど、興味深い出会いだったのでもう一人くらい会ってみようかという気持ちになった。それから、次に会う人がピンとこなければもう辞めようとも。

そうして出会ったのが、ハルキ君だった。

ハルキ君は、『僕』という一人称がこんなにも似合う三十代男性が他に居るのかと思うくらい、『僕』という言葉のイメージがピッタリだった。

少し茶色がかった髪色の、ゆるいくせっ毛。色白の童顔で、はにかむような笑顔が可愛かった。温かみのある優しい声は決して声量は大きくは無いのに、なぜか不思議と聞き取りやすい。そのくせ、スポーツをしているのか背筋がピシッと伸びていて、顔に似合わずしっかりした体つきなのも意外性があって好印象だった。

でも何より気に入ったのは、その顔に「あなたに心を掴まれました」と書いてある事だった。この人はきっと、私の手のひらでコロコロと転がってくれるだろう。そんな可愛らしいハルキ君となら、寝てもいいかなと思ったのだ。

ただ、気がかりな点が一つあった。本名を見られてしまったのだ。

初めて会った日、私が自分のポケットからスマホを取り出した際に一緒に入っていたメモ用紙がハラリと落ちた。優しいハルキ君はそれを拾ってくれ、そして彼が手にしたその折りたたまれたメモ用紙には、私の雇い主の個性的すぎる文字でこう書かれていた。

『純へ超重要連絡!』

わざわざ油性マジックで強調して書かれた私の本名を、ハルキ君の視線はしっかりと捕らえていた。焦った私は、とっさに読みを偽った。

「名前、見られちゃったね。純粋の純って書いて、スミです。」

まだお互いアプリに登録していた仮名でしか会話していなかったので、先に本名を打ち明けたように見せかけた私に対し、ハルキ君は申し訳なさそうな顔でわざわざ名刺を見せてくれた。

「僕は春日晴樹(カスガハルキ)って言います。のんびりした名前でしょう?」

それが私の気持ちを掴むためのあえてのパフォーマンスなのか、それとも単に警戒心の無さ過ぎるお人好しなのかは判断しかねたけれど、大きく社名の入ったその名刺を見せてくれたハルキ君に、とりあえずこの人は私に危害を加えるような人物では無いなと安心したのだった。

それからしばらくしてハルキ君と初めて寝た日、帰宅後いつも通り一人でベッドに横になった私は、数ヶ月振りに熟睡を味わう事が出来た。

それが人肌のぬくもりによる効果なのか、久し振りに呼び起こした性欲をキチンと解消してもらった結果なのか、それとも、優しいハルキ君がなぜか丁寧にマッサージをしてくれたおかげなのか、理由は分らないけれど。


・・・・・



「ジュン、俺はもうダメだ!頼む、いっそ殺してくれ!」

連休明け、彼の自宅兼私の職場で顔を合わすなり、私の雇い主は狂気を含んだ発言をしながらわざとらしく土下座をしてきた。彼がろくに寝ていない事は、その据わった目と煙草の吸い殻の山で一目瞭然だった。

畳敷きの和室の隅っこで、若手編集者の及川君が死んだ目をしてじっと座っている。

私は土下座男を無視しつつ、及川君に緑茶を差し出しながら質問した。

「締め切り、過ぎてますよね。『本当の締め切り』はいつですか?」

お茶へのお礼に、軽く頭を下げつつ答える及川君。

「昨日でした。」

「… ギリギリのリミットは?」

「あと五時間です!あーあ、僕だって仕事で昨日から家に帰れてないのに、朝からデスク(編集長)には怒鳴られるし、とんだとばっちりですよぉ。ジュンさん、お願いします。どうにかして下さい!」

今にも泣き出しそうなスーツ姿の年下男子に憐憫の情を感じつつ、仕方無く土下座男に近付く。

土下座に対して中腰の体勢で向かい合い、左手で思い切り彼のアゴを掴んだ。洗顔すらしていないのだろう、中年男の油と無精ヒゲの感触が不快だ。力ずくで顔を上げさせ、無理矢理目を合わせる。

「鬼塚さん。八割方書けてたはずですよね?… 何で仕上がってないんですか?」

私がそう言って冷ややかな視線を浴びせると、私の雇い主・鬼塚さんは吐き捨てるように答えた。

「… お前が三日も休みを取るからだろぉ……… 。」

あまりに情けないその横っ面に、容赦なく平手打ちを喰らわせる。タバコの煙が充満する部屋に、パァンと乾いた音が三度響いた。

両頬に私の手型がクッキリと付いた中年男は、「よっしゃ来た!」と意味不明な言葉を叫ぶと自分の椅子に座り込み、極端な前傾姿勢でキーボードを叩き始めた。

二時間後、原稿の送信が完了するのを見届けた及川君が、今度は喜びの涙を流しそうになりながら言う。

「ジュンさん、本当にありがとうございました!そうだ、寿司、寿司食べに行きましょう、自分、今日は直帰できるんで時間あります!」

スマホを片手に小躍りしつつ、高級寿司屋を検索する及川君。その横で、私の雇い主は二時間前より濃くなった目元のクマをさすりながら言った。

「俺、パス。寝るわ。ジュン、せっかくだからお前はご馳走になれ。それと、お前も今日はそのまま帰っていいぞ。俺は死ぬまで寝たい。」

三日ぶりに出勤したというのに、もう帰れと追い出されるらしい。普段はオーバーワークもいいところだけど、こうやって気まぐれに休みを取らされるこの職場を私は嫌いでは無い。

鬼塚さんの言葉を受け、頭の中で彼の仕事のスケジュールを思い浮かべた。確か、次の締め切りはまだ余裕があったはずだ。私は、取り急ぎメールチェックだけしてきますと及川君に説明し、別室にある自分用のパソコンに向かった。

私の仕事は、『変わり者の作家のケツをひっぱたいて文章を書かせる事』だ。この仕事に就いたきっかけは、そのまんま、鬼塚さんに「俺のケツをひっぱたいて文章を書かせてくれ!」とスカウトされた事だった。

鬼塚さんはテレビドラマの脚本やコラムを手がける作家で、文筆家としてはそこそこの売れっ子だが、人間としてはかなりダメな部類に属する。

マネージャーの私は、日々、そんな彼のスケジュールを管理し、資料等必要な物の手配をし、仕事先との窓口役になってやり取りをする。そして私の一番大事なお仕事は、彼のメンタルを保持し、時には褒めちぎって持ち上げ、時には泣き落としをし、時にはなじって頬を打ち、とにかく机に向かわせる事だ。

世間的にはマネージャーと呼ばれる仕事だという事を知ったのは、鬼塚さんの元で働き出して半年が過ぎた頃だった。

メールチェックを終えて書斎の前まで戻ったタイミングで、スマホの振動が通知を教えてきた。襖に伸ばしかけた手を、そのままお尻のポケットに回す。

襖越し、及川君と鬼塚さんの会話が聞こえてきた。

「ジュンさん、いいですよね。」

「お前M男なの?引くわー。」

日頃から白い目で見られるような言動をしているのはどう考えても鬼塚さんの方なのに、この人には常識など通用しない。

「自分、年上好きなんですよ。それにジュンさんって普段はクールビューティー感があるのに、笑うとめちゃくちゃ可愛いんですよね。急に無邪気っぽい顔つきになるっていうか、あれがたまらなくて。ほんと、あんな恋人が居るなんて先生が羨ましいです。」

及川君のその発言に対する鬼塚さんの返答と、私の心の声がシンクロした。それは、「気持ち悪い事言うなよ」という言葉だった。

恋人だなんてとんでも無いが、こうやって口に出して言ってくれるだけ及川君はまだマシだ。大抵の編集者やTVマンは、鬼塚さんと私の関係を邪推した上で暗黙の了解のように接してくる。実際、そういった関係の異性を周囲に置く作家も多いのだろう。

「あいつはそんなんじゃ無いの。というか、俺は前から思ってたんだけど、抱ける女を職場にはべらせてるヤツって、そんな環境でよく仕事が出来るよな。気が散って仕方無ぇと思うんだけど。」

「じゃあ、ジュンさんと先生って何も無いんですか?」

「無ぇなぁ。バツ三の四十男と堅物女の間には、何も起こらんなぁ。そしてお前は編集者のクセにグイグイくるねぇ、若さって、怖い物知らずだねぇー。」

ケケケケケ、と愉快そうな鬼塚さんの奇声が響いた。

及川君は「すみません」と謝ったものの、「じゃあ自分がジュンさんを個人的に誘ってもいいですか?」と、懲りてない様子だ。

つい二人の会話に聞き入ってしまっていた私は、ようやくスマホの画面に目を通した。

そこにあったのは、今夜会う約束をしていたハルキ君からのメッセージで、午後から半休を取ることになったので私さえよければ少し早めに会えないかなと打診する内容だった。

『私も仕事が早く終わる事になったから大丈夫だよ。』

そう返信した襖の向こう側で、鬼塚さんが及川君に言った。

「あいつ、男と一緒に住んでるよ。」





つづく

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