穴 ~FF内から失礼します!!~ 第三話「マイホーム」@かずちか


※この小説は、作者のTwitterでのFF(フォロー/フォロワー)関係にある方々をモデルにしたお遊びフィクション小説です。フォロワーさん達をモデルにしていますが、実際の人物象とは異なる事をご了承の上でお読み下さい。


「また有給取るの!?今度は何?」

イラつきを一切隠さない口調でそう返され、申請のタイミングを間違えたなと後悔した。どうやらこの薄毛の上司はすこぶる機嫌が悪いらしい。

「幼稚園の保護者参観があるので…。」

「幼稚園のイベント!?は~?君の奥さんは専業主婦だと思ってたけど、その日は何をしてるんですかねぇ?」

イヤミのつもりなのだろうが、その発想の時代錯誤っぷりにいっそ笑える。妻がその日に何をしているか?私と一緒に保護者参観をしているに決まっているじゃないか。家族のイベントや子どもの病気で休みを取る自分は、この悪い意味で九州男児な上司からすれば『育児をやらされている』ように見えるのだろう。

でも違う。私は、自分の子どもが幼稚園でどんな風に過ごしているのか、この目で見たい。まだ幼い娘達が病気の時はなるべく側に居てあげたいし、妻が家事に育児に看病にと疲弊してしまわないように少しでも分担できればと思う。義務のように『育児をやらされている』のでは無い。権利として『やりたい』のだ。

そもそも私は法に則(のっと)り、それこそ労働者の正当な権利として有給を申請しているだけなのだ。理由を説明する義務は無いのだが、この片田舎・佐賀の小さな会社ではそうはいかない。

「ここに置いておきますので、宜しくお願いします!」

この薄毛とは、これ以上会話をするだけ無駄だ。私は笑顔で記入済みの有給申請用紙を相手のデスクに置き、自分の持ち場に戻った。


・・・・・


「ねぇ、かずちかってネットに詳しいでしょう?『シナ子ちゃん』って知ってる?今日たまたま見たお昼のTVでやってたんだけど、ちょっと前からSNSで話題なんだって。」

娘達とのお風呂上がり、リビングでアイスコーヒーを飲みながら一息着いていると、妻がスマホを見せてきた。

その画面には、どこか不思議な雰囲気をまとった二十代後半と思(おぼ)しき女性が映っている。綺麗系と可愛い系の中間といったところだろうか。しかし、私の好みとは若干ズレており、そこまで興味は惹かれなかった。

「いや、知らないな~。その人がどうかしたの?」

「可愛いでしょ、シナ子ちゃん。実はこの人ね、本当は男で、しかも三十代半ばなんだって!ジョシコ…じゃ無かった、えっと、うーんと…そう、ジョソウコ!!ジョソウコって言って、女装が趣味の人なの。なのにこんなに可愛いなんて、びっくりだよね!!」

おそらく妻が言いたいのは、女性の装いをした男性を指す言葉である『女装子(じょそこ)』の事だろう。ネットやサブカルチャーに疎(うと)い妻は、時々こういった間違いをする。こういうスレていないところは妻の魅力の一つだ。

“シナ子ちゃん可愛い”と繰り返しながらスマホの画面を見つめる妻の横顔に、「君の方がずっと可愛いよ」と言い、すかさず頬(ほお)にキスをした。

「あー、パパ、またチューしてるー!!」

もうすぐ五歳になる年中の長女が、囃(はや)し立てるように声を上げた。つられて、二歳の次女も嬉しそうにはしゃぐ。

「チュー!チュー!」

夜のリビングが、娘達の笑い声に包まれる。

今日も可愛らしい最愛の妻。かけがえのない娘達の笑顔。思い切って購入したこの一軒家には、次々と私達家族の思い出が刻まれていく。

私は、本当に幸せ者だ。


ーーーーーー並々ならぬ苦労を引き受け、女神のような広い心で理解を示してくれる、この妻のおかげで。


「二人とも、良い子で寝たよ。今日は沢山はしゃいで疲れたみたいで、早かった。」

寝室で娘達の寝かしつけを終え、キッチンで洗い物中の妻の背中に言った。

「いつもありがとう、助かる~。」

そう返す妻の両手は泡まみれで抵抗が出来無いのを分かった上で、その小さな背中をそっと抱きしめた。妻は背が低いので、決して大柄ではない私の腕の中にもすっぽりと納まってくれる。そんなところも愛(いと)しい。

「あの子達も早く寝たし…久しぶりに……ダメかな?」

妻の耳元で、そっと囁く。

しかし、長い沈黙の後、絞り出されるように返ってきた返答は「ごめん」という断りの言葉だった。

「…やっぱり、気になっちゃって………。」

そう言う妻の視線は、天井ーーーいや、その天井の先にある二階に向けられている。

「そっか…うん、仕方ないよ。こっちこそゴメン。」

妻を腕の中から解放し、落ち込む気持ちを隠しながら言葉を続けた。

「そうだ、下の子が幼稚園に入ったらさ、昼間に時間作ってホテルに行くのってどうかな?気分転換にもなるし。」

「……それ、ちょっといいかも。」

そう言って少し照れている妻が可愛かったので、今はこれで充分なのだと自分に言い聞かせて会話を切り替える。

「ところで、最近…どう?変わった事は無いかな?」

私の問いに妻の視線が再び二階に向けられ、「うーん…特には…」と呟くように言った。

「何かあったら直ぐ駆けつけるから、気兼ねせずに呼んでくれよ。そのためにも会社から近い土地を選んで家を建てたんだし。」

「うん、分ってる。心配してくれてありがとう。」

「何でお礼なんか言うんだよ!!ありがとうって言わなきゃいけないのはこっちの方だ。本当に困った事は無い?もし君が嫌なら、今から止めたってーーーーー。」

「もう!それは言わないって決めたでしょう!?」

一気に語気を強めた妻の言葉が、ヒートアップ気味だった私を制した。私に入れ替わるように、妻が熱く語り出す。

「かずちかの辛い気持ちは分ってるから!夫婦でしょ?一緒に背負っていきたいの。私が自分で決めた事なんだから、もっと信用してよ!!」

そう言って、シンクの前に立つ妻は顔だけこちらに向けて笑い、続けた。

「それに、私は言うほど大した事はしてないよ?食事を一人分増やすくらいならそんなに大変じゃ無いし、朝食は早起きなかずちかの担当だし。そもそも、基本的に部屋から出てこないんだもん。たまーに、私達が外出してる時に一階に降りてきてるみたいだけど。」

ああ。本当に、私は何と言う幸せ者なのだろう。

全ては、私の双子の兄の同居を受け入れてくれるばかりか、嫌な顔一つせずにそのひきこもりの兄の世話をしてくれる、この寛容な妻のお陰だ。


私と兄は一卵性の双子で、幼い頃は何をするにも一緒だった。学生時代からひきこもり始めたので、それ以降の友人や知人は私が双子な事すら知らない。

ずっと実家の二階に閉じこもっていたが、家の老朽化が進んでいた所に記録的な大雨による水害でやられた。もともと佐賀は水害に弱い土地柄なのだが、あの時はまさか自分の実家がと私も少なからずショックだった。

避難所から自宅に戻ると一階は膝下まで泥で覆われており、古屋(ふるや)のライフラインは全てが停止し、とても住める状態では無くなっていたそうだ。途方に暮れる両親に、母方の伯母が「取りあえずうちに来ない?」と、部屋を提供してくれた。伯母は数年前に伯父に先立たれており、しかしその自宅は田舎の農家とあってかなり広く、子ども世代もみんな独立しているので伯母の一人暮らしに不用心な程だったのだ。

だが、その仮の暮らしに対して、兄が激しい拒否感を示した。

最初に両親からその話を聞いた時、環境が変わった事自体は仕方ないとして、てっきり世話好きの伯母との相性が悪いのだろうと思ったが、どうやらそれだけでも無さそうだった。私がどうにかこうにか兄本人から聞き出すと、個室を与えられていると言っても和室なので隣との仕切りが襖(ふすま)しかないのでいつ人が入ってくるかと気になって熟睡出来無くなったという事、そしてネット環境が無い事が辛いなど、ハード面での根本的な問題がいくつか出てきた。

そうこうしている間に兄は食欲も落ち、両親と伯母が心配する程食べられなくなった。実家は建て替えるつもりだが、定年間際の父の退職金頼みなので、少し先の話になる。賃貸に引っ越すにしても、予定に無かった家の建て替えという巨額の出費が控えているので余裕は無い。

この話を妻にした時、私は何かを期待していたワケでは一切無い。ただの愚痴というか、実家の近況報告のつもりだったのだ。

しかし、彼女はあっさりとこう言った。

「じゃあ、うちに来たら?二階の子ども部屋、まだあの子達が小さいから結局物置になってるし。ずっと居られたらさすがに困るけど、期限があるんだから私は構わないよ?学生の頃は私も何度か一緒に遊んだ事があるし、何よりかずちかの双子のお兄さんなんだもん、困った時はお互い様だよ。」

普通に考えれば、この妻の申し出は拒否するべきなのだろう。

しかし、一卵性の双子としてこの世に生を受け、幼い頃は片時も離れず、同じ顔を持って共に成長した兄は、私にとって自分の半身のような存在だった。

兄が引きこもりになった理由はハッキリとしないが…いや、きっと大抵の引きこもりにはハッキリとした理由なんて無いのだ。虐めや病気などの『キッカケ』がある人も居るだろうが、それはあくまでキッカケであって、それ一点のみで引きこもりになったワケでも無いだろう。きっと多くの引きこもりがそうであるように、兄は、ただひたすらに生き辛さを感じているだけだと思う。そしてそんな兄と同じ遺伝子を持つ私は、一歩違えば私自信がそうなっていたのではないかと思えてならないのだ。

妻の尋常では無い程のありがたい申し出を拒否し、兄を見捨てる。それは、私にとって自分自身を見捨てる事だった。

そして妻は、私が兄に抱いている複雑な気持ちを理解した上で、自分の夫とその兄を救ってくれたのだ。

妻に出会えて、そして夫婦になれて、私は本当に本当に幸せ者だ。私は、妻を愛している。


・・・・・


「あっ、シナ子じゃないですか!!〇〇製菓とのコラボに参加するって聞いてたけど、とうとう出たんですね~。」

会社の休憩時間、自販機の前で顔を合わせた後輩が、私の横に居た先輩の持っていたバームクーヘンを見ながら言った。そのパッケージには、個性的なイラストとシナ子の写真がプリントされている。

言われた先輩は、「この子、有名なん?」と不思議そうだ。私も会話に入った。

「あー、私も昨日妻から聞いて知りました。本当は男なのに可愛いって、SNSで話題になってるらしいですよ。」

私の言葉に、後輩が興奮気味に補足した。

「最初はSNSでバズって、そこからネットニュースや雑誌なんかでも取り上げられるようになって人気なんですよ!!男なのに可愛いってだけじゃ無くて、言葉にキレがあるとことか、独特な世界観のイラストも人気の理由で。俺、正直結構好みなんですよね~!!」

「ふーん、これで男なんだ。スゴイな。」

先輩の方はあまり興味が無いらしいが、後輩の『オタク特有の早口の語り』は止まらない。

「このバームクーヘンのシリーズは、ネットで話題になった人とどんどんコラボしてるんですよ。そこにお声がかかるっていうのは、ここから更なるブレイク間違い無しって事なんです!先輩達、なんで知らないんですか~。Twitterやってたら、普通目に入りません!?シナ子の発祥はTwitterなんですよ~!!」

「いや、俺、ネットうといんよ。Twitterとか全然分らんし。」

先輩の言葉に、私も続く。

「私も、フェイスブックとインスタはやってるけど、Twitterはお店の情報とかを見るために何回か触れたくらいだなぁ。」

私がそう言うと、後輩がアメリカドラマのようなオーバーリアクションで激しく手を振った。

「まったまたぁ~!!嘘つかないで下さいよ~。俺、先輩のアカウント、結構前からフォローしてますよぉ?」

「いや、嘘じゃないって。それ、別人だろ?」

「何とぼけてるんですか!『かずちか』って本名で、佐賀在住って公表してやってるクセに。家族構成も同じだし、人違いって言い張るのは流石に無理ありますって。ブログの事とか奥さんとのノロケとか、毎日ツイートしてるじゃないですか~。俺、全部見てますからね!ま、こっちはTwitter上では人妻保育士のフリしてるんで、俺って気付かないでしょうけどっ!!」

意味が分らず立ち尽くす私をよそに、後輩は笑いながらトイレの方に消えて行った。

世間は広い。同じ名前の男なんていくらでも居るだろうし、その男が同じ県内に住んでいて家族構成が一緒であっても、そこまで不思議な話では無い。それに、あの後輩は早とちりな所があるので何かを勘違いしているのだろう。

けれど、それほど一致している人物が存在していると聞けば、興味は湧く。私は何の気なしにスマホでTwitterを覗いてみた。サイト内の検索をかけると、『かずちか』は直ぐに出現した。


数分後、私は取るものも取りあえず、隣で缶コーヒーを飲んでいた先輩に「早退します!!」とだけ叫んで走り出した。

駐車場…いや、車のキーはロッカーだ。落ち着け、落ち着け。ああ、何て事だ。もっと早く気付いていれば。妻に何かあったら。くそ、何をやってるんだ、キーはポケットにあったじゃ無いか。落ち着け!落ち着け!!

あのプロフィール。ブログにあった子ども達のおもちゃの写真。完全に真似た私の口調や思考。こんな事が出来るのは、こんな事をするのは…!!

なぜだ!?ただのヒマつぶしか?それならいい、そうであってくれ!!ならばお前は正気なのだろう。あの最新のツイートにも深い意味は無いのだと、そう言ってくれ!!!

『以前もツイートしましたが、最近妻とレスで正直辛いです😇

今日私は休みを取っているので、思い切って次女がお昼寝をしている間に誘うのもアリなんじゃないかと思っています😤

昼間からって、やっぱり女性は抵抗あるのかな?

たまには少し強引に出てみようと作戦を立てています👊✨』


ーーーーー車を走らせながら、ふと、昔の思い出が頭に浮かんだ。学生時代に妻と付き合う前、妻と私達兄弟の三人で遊んでいた頃の事だ。断片的な記憶なので、詳しい場面は覚えて居ない。

記憶の中の私は、「やっぱり双子だと女の子の好みも似るんだな」と言っている。

そう言えば、兄が引きこもりになったのは、私と妻が付き合いだしてしばらくしてだったと気付き、私はアクセルを強く踏んだ。






~「マイホーム」おわり~

※次のお話の更新時期は未定です※

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☆Special thanks☆

主人公:かずちか

後輩(偽人妻保育士):あでりっさん


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