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いぬじにはゆるさない 番外編「サマーバケーション」 第三話(全六話)


ハタチの時、運転免許を取ったばかりのモンちゃんの練習ドライブに付き合い、その途中で「借りてる漫画の続きを借りに行く」と言われ、初めてあいつの家に行った。

市内の少し外れ、緑の多い住宅街の一角にある、長い長い白壁の塀に囲まれた空間。

多種多様な植物と果実で埋め尽くされた庭。それと別に、『家庭菜園』という表現が不似合いな規模の野菜畑。ガレージにはクラウン、フィット、ラパン、マーチのカブリオレという少し珍しいオープンカー、それから、農家でも無いのに軽トラック。不思議に思って質問し、そのスケール違いの回答に驚いた。

「軽トラ?あ~、アレは父親の趣味。山を持ってるから、あれでタケノコとか取りに行くの。」

年代物の家の中には、薄暗い程に長い廊下の奥に本棚で埋め尽くされた図書館のような部屋があり、医学の専門書や画集や小説といった様々なジャンルの本が所狭しと並んでいた。その隅っこの漫画が置いてある一角で、勝手知ったる風のモンちゃんがアレコレ物色する。

なるほど、この独特な世界に囲まれて成長するとああいう自由な人間が出来上がるのかと、何だか物凄く腑(ふ)に落ちたのを覚えている。それと同時、高そうな茶器で緑茶を淹(い)れてくれたあいつに、正直に言って壁と引け目を感じた。

けれど、その『壁』は早くもその翌日に音を立てて崩れたのだ。

バイトの休憩中、駅裏の小汚いラーメン屋に入ると、あまりに想定外な事にあいつの姿があった。当然彼氏にでも連れてこられたのだろうと思って身構えたが、何と一人だと言う。

「イイジマ、あのね、ここのチャーハンは世界一美味しいよ!!」

そう言って笑ったあいつに、俺は何個目かの心臓を掴まれたのだった。

人目を気にせず好きな事をし、常に自由で、行動力があり、びっくりするくらいにワガママ。そして協調性が無い代わり、「そっちも合わせてくれなくていいよ」とばかりに一人でスルリとどこにでも行く。その全てが、図体(ずうたい)が大きいクセに小さな事でグチグチと悩む俺の、心の琴線(きんせん)にいちいち触れてくる。

それと同時に、俺は『あいつの幸せ』にとって必要不可欠な人間では無いと思い知らされるようで、たまに辛い。


・・・・・


「イイジマ、あいつとケンカしたってマジか?お前ら小学生かよ。」

旅行一日目の夜。初日なので夜更かしはほどほどにしようという流れになり、少し早めに男女それぞれの部屋に別れた。一階の食堂兼リビングと襖で隔てられた大部屋が女子部屋、二階の二間続きの部屋が男子部屋。男の方が人数が多かったので、自然とその配置に決まった。

結局、あれからあいつとは話が出来ないまま、ロクに目も合わせてくれない。悶々とした頭を抱えながら布団に横たわっていた所をモンちゃんにそう話しかけられ、返答に困ってうなだれた。

モンちゃんが言うには、明日この島にある旧日本軍の砲台跡地とやらに付き合って欲しいとあいつにお願いされたそうだ。今日一人で行こうとしたが、想定よりも自然が奥深い所にあったので引き返したとの事だった。さすがに女一人では危ないという判断で、男手が欲しいらしい。

だからいつの間にかビーチに居たのかと納得しつつ、モンちゃんの話の続きを聞く。

「でも俺、そんなワケの分らないとこ興味無ぇし、あいつと二人で出かけてヒナコちゃんに誤解されたらイヤだから断ったんだよ。で、ホト森やイイジマの方が適役だからそっちにお願いしろよって言ったら、ホト森は朝一で岩場に魚を獲りに行くグループに誘われてるとかで、イイジマとはケンカしたから絶対お願いしたくないって言い張っててさ。何で?」

“何で?”というシンプルな問いに、いっそこの友人に全てをぶちまけようかとも思ったが、止めた。告白が失敗した場合に気不味くなる事を考えれば、距離の近いモンちゃんには打ち明け辛い。

「お前ら、何コソコソ話ししてんの?コッチで賭けトランプやろうぜ。」

大富豪をしながら酒を飲んでいる円陣の中から、山田が背中を反らせて手招きをしている。

「…気分じゃ無いから止めとくわ。俺、何か飲み物取ってくる…。」

誘いを断り、一人で階下に向かった。

階段は開放的な造りになっており、そのまま食堂兼リビングの真ん中に出る。深夜の食堂の板張りの床に向けて、一筋の光が差し込んでいた。女子部屋の襖が、ほんのわずかに開いている。

男連中もそうだが、コチラもやはり大人しく寝てはいない様子だ。窓からの月明かりもあり、電気を点ける程では無かったのでそのまま冷蔵庫に向かう。

「えー、じゃあ、イイジマさん完全にフリーなんですか~!?他も、誰かと誰かが付き合ってたりとか、本当に全然無いんですか?」

突如耳に届いた自分の名前に吹き出しそうになったが、咄嗟(とっさ)に我慢した。俺は自然と忍び足になり、必死に気配を消す。

おそらく、この声と敬語から、モンちゃんのバイト仲間の“ヒナコちゃんでは無い方“の女の子だろう。かなりぽっちゃりした背の低い元気な子で、確か、皆より少し年下だった。

「無い無い!山田君とユリさんは付き合ってるけど、ユリさんは皆とは初対面だし。友人同士の中で誰かと誰かが付き合ってるとか、過去も含めてそういうの全然無い。むしろこの集まりはそこがイイとも言える。」

女の子達の中で一番背が高く、物事をハッキリ言うお姉さんポジションの“ハナちゃん“こと花田さんが言った。

「えー、そうなんですか?じゃぁじゃぁ~、この旅行に来てる男の人達の中で、無人島で二人っきりになるなら誰がいいですかぁ~?」

この質問に、ドッと笑い声が沸いた。「何だソレ、合コンじゃあるまいし、ベッタベタなヤツだな~」「まあまあ、たまにはこういうのも面白いんじゃない?」「えー、それって旅行じゃ無くて遭難?」矢継ぎ早に会話が飛び交い、襖の向こうは一気に盛り上がり始めている。

(これは…聞いたら絶対ダメなやつ…。)

好奇心と道徳心、そしてあいつの回答を知りたいが知りたくないという気持ちが戦った結果、意を決して二階に戻ろうと階段の方を振り向いた。すると、月明かりの逆光で一瞬よく見えなかったが、そこには三つの黒い影があった。

どうやら俺の「飲み物取ってくる」に誘発されてやって来たらしい、モンちゃんとタカさん、それから、モンちゃんの幼なじみで遊び仲間のシュウイチだった。三人はゆっくりとこちらに歩み寄り、俺が二階に去ろうとするのを制止する。暗闇の中、タカさんの銀ブチ眼鏡とシュウイチの黒ブチ眼鏡が光った。

モンちゃんとシュウイチはともかく、タカさんまでも立ち聞きルートを選択した事に呆れた。

まさかクーラーもかけていない隣の部屋で夏の夜の熱気に耐えながら聞き耳を立てている男共が居るとは思わず、女の子達はいわゆるガールズトークに夢中だ。

「どう考えてもホトさん一択じゃん、ちょっとした野生動物なら勝てるでしょ」「同意!」「え~、そういう視点ですか!?私とヒナコさんは断然イイジマさんですよ」「山田君の塩顔は結構好きかも、あ、ユリさんゴメン」「チホの従兄(いとこ)のタカさん、良くない?大人だし、眼鏡男子とか最高!!」

花田さんがそう言ってタカさんを推(お)すと、シュウイチが自分の眼鏡のフレームを持ち上げながら、「眼鏡男子ならずっと前からハナちゃんの近くに居ますけど!?」と小声でツッコミを入れた。モンちゃんは先程から、「まだワンチャンあるある」とブツブツ言いながら自分を励まし続けている。

それから、花田さんがチホちゃんに話を振った。

「チホは?身内のタカさんに逃げるのは無しね。」

その瞬間、俺の対面でタカさんが息を飲むのが分った。平静を装っている風だが、明らかに今まで以上に襖の向こうに神経を集中している。俺はそんなタカさんに自分自身の姿を重ね、ああ、そういう事だったのかと、皆と年齢が離れている彼がこの旅行に参加した理由を察した。

チホちゃんが「タカ兄ダメなの~?じゃあ、やっぱりホトさんかな」とホト森に一票入れると、タカさんは少しホッとしたような残念なような複雑な表情になり、視線を襖から外した。俺と目が合い、苦笑いを浮かべる。

あいつ以外の意見が出揃うと、チホちゃんが「なんかめっちゃ真剣に悩んでる人が居るし」と笑いながら促した。

「よし、決まった!発表しま~っす!!」

声高に宣言したその声は、あきらかに酔っ払いだった。あいつは酒が好きなので、これは想定の範囲内だ。この先の言葉を聞きたい気持ちと逃げ出したい気持ちが俺の胸の中で暴れ、必死に鎮める。

「これはね、どう考えてもイイジマアキラ君でっす!!」

まさかのフルネームが発表され、心臓がハネた。さっきまで口を聞いてくれなかったのにと、喜びもひとしおだ。頭の中で謎の鐘の音が鳴り響き、顔がニヤけるのを我慢できない。

「モンちゃんじゃ無いんだ?一番仲良いのに。」

「モンちゃんと私って、食料奪い合って殺伐としそう。殺(や)るか殺(や)られるかの展開しか浮かばないよね。」

チホちゃんからの質問への回答に、女の子達が爆笑した。それを尻目に、酔っ払いが饒舌(じょうぜつ)に語り出す。

「イイジマだったら体力もあるし、弟たちの面倒をみてきたから料理も出来る。苦しい状況でも相手を励ましてくれるに決まってるし、少ない食料も独占しないって信用できる。」

そこまで言って一呼吸置き、“それに、もっとリアルに考えてみたんだ”と、もったいつけてから続ける。

「私、コンタクトレンズだし、運動音痴だし、きっとすぐ死ぬと思うんだよね。自分が先に死んだ時に、私の肉を食べてでも命を繋いで欲しいのは誰かって考えたら、やっぱりイイジマだなって!そして、あの仲の良い家族の元に、無事帰って欲しいんだよ…。」

「あんたの発想、気持ち悪っ!!」

独特な理論を展開するあいつに、花田さんがすかさずツッコミを入れた。が、あきらかに周囲の女の子達は引いている。

襖のコチラ側でも、「マジ気持ち悪いな…」「狂っとる…」と、モンちゃんとシュウイチがドン引きだ。タカさんも、「というか、これを言われて嬉しそうにしてるイイジマ君の方も、相当気持ち悪いけどね」と真顔で言った。


その後、タカさんに外に連れ出され、海を見下ろしながら二人きりでぶっちゃけ話をした。

タカさんは、幼い頃からチホちゃんの事が好きなのだそうだ。色々と難しい事は承知の上だし、想いを伝える気は無いという。けれど変な男に取られるのも癪(しゃく)だし心配な気持ちは常にあって、その一環で旅行に付いてきたらしい。

「でも、俺だってちゃんと自分の幸せは探してる。イイジマ君だって、あの子以外と付き合ったりしてたんだろ?気持ち分るよ。正直、あの子の事はちょっと気に入ってたし映画くらい誘おうかなと思ってたけど、やめとくよ。」

君の事は何だか他人とは思えないし、死肉を食べられてもいいとまで思われてる絆を邪魔したく無いからね、と、タカさんは笑った。

「それから、俺は本当はムッツリなんでよろしく!」

打ち明け話ついでに自分を解放するかのように、最後にタカさんがそう宣言した。


・・・・・


「風流だねぇ~。」

「絶景ですな~。」

翌朝、洗面台に向かうためにリビングの縁側を通ると、軒先に干している女の子達の色とりどりの水着が風にたなびいていた。それを眺めながら、タカさんとシュウイチの眼鏡コンビが爽やかに笑い合っている。

それを横目に足を進めると、洗面台の方からやってきたあいつと鉢合わせする形になった。

まだ怒りを引きずっているらしく、まるで子どものように歯を剥き出しにした変な顔で威嚇(いかく)してくる。昨夜の事が脳裏に浮かび、この顔すらも可愛く思えてつい顔がニヤけた。

俺は丁寧に昨日の詫びを入れ、「あれは断じて本音じゃ無い、言葉を間違えた」と、きちんと訂正をした。

それから、ちょっと緊張しながら、今日顔を合わせたら絶対に言おうと準備していた台詞を頑張って口にする。

「砲台跡地に行きたいんだろ?一緒に行こう。俺と、二人でさ。」




つづく


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