マガジンのカバー画像

「いぬじにはゆるさない」本編全15話、番外編3話

19
私の処女作、「いぬじにはゆるさない」のまとめです。本編全15話、あとがき、番外編3話。
運営しているクリエイター

#気に入ったらスキお願いします

いぬじにはゆるさない 第1話「イイジマ(1)」

「今日、営業先で恋愛トークになってさ。」 イイジマが語り出したのは、食後のデザートがテーブルに運ばれてきたタイミングだった。 車の営業をしているこの男友達は、毎日いろんな場所に出向く。 そして、私にとってのイイジマは、“夕方にそっちの近くでアポが入ってるから、終わったら久々にご飯食べない?“と誘われれば、深く考えずにOKする程度には気心の知れた友人の1人だ。 「社用車を4台まとめて買ってくれるって事で話が進んでたけど、あっちの提示してきた値引率がえげつないの。で、俺が

いぬじにはゆるさない 第2話 「ヘビちゃん(1)」

「もう来ないかと思った。」 スクリーンに流れる新作映画の予告から目を離さないまま私がそう言うと、相手は少し大げさにドカッと隣の椅子に座り込んだ。 平日昼間の映画館はガラガラで、もうすぐ本編が始まるというのに私達以外に2組しかお客がいない。普通に会話をしても周囲に迷惑がかからない距離感であろうに、この男はわざわざ私の耳元に手を添えてからひっそりとした声で言う。 (言ったろ?遅れるけど絶対行くって!) あざといと分っていながらも、この密接具合は正直なところ少しドキッとする

いぬじにはゆるさない 第3話「イイジマ(2)」

そういえば、と、気が付いた。 26年間生きてきて、「男友達」とデートをした経験が無い。 それまでの彼氏やデート相手と言えば、友達の友達くらいの距離感だったり、知り合ってすぐだったり、そこから何らかのきっかけがあって初デートをするというパターンだった。 というか、世間一般的にも、おそらくその流れの方が圧倒的に多いんじゃないだろうか。 だから、水族館入り口手前の広く長い階段を昇る時、イイジマがこちらに差し出してきた手をどうしていいか分からずにフリーズしてしまったのは、全く

いぬじにはゆるさない 第4話「ヘビちゃん(2)」

満開の桜と月明かりの下、酔客でむせ返る非日常空間。 騒ぎ好きな友人に誘われて仕事帰りに合流した夜桜見物は、公園全体が夜とは思えない盛り上がりで、それは友人達のグループも既に同じだった。 殆どの人が初対面なので紹介されて回ったが、友人も、友人の彼氏も、そして連れの人達も、完全にお酒のテンションで出来上がっていた。こういう時にシラフで取り残された側の疎外感は辛い。その上、友人彼氏のフリーランス仲間というこの集まりは、完全に私のアウェイだ。 しかも、最後に紹介されたのはその混

いぬじにはゆるさない 第5話「イイジマ(3)」

「俺もトイレ行ってくるね。」 イイジマのその一言で、離れた手の気まずさは一瞬で空中分解した。 改めて周囲に目をやり、私達が立っていたのは確かにトイレのすぐ近くだったと理解する。2匹のペンギンをかたどった可愛い案内板が、クチバシでトイレの方向を指していた。 青い雄ペンギンの示す方向へと消えるイイジマ。仕方が無いので、私も赤い雌ペンギンが示す方向へ足を進めた。 しまった、出鼻をくじかれた。 手を離したのは半分無意識にではあったけれど、あのままの流れでいれば何らかの言葉が

いぬじにはゆるさない 第6話「ヘビちゃん(3)」

一度だけ、ヘビちゃんと『そういう雰囲気』をニアミスした事がある。 友人経由でヘビちゃんの退院祝いのお声がかかり、再会を果たした時の事だ。 そろそろ二次会のカラオケにという流れが出来はじめた頃、翌日も仕事だった私は先に一人でおいとまする事にした。 お店の引き戸を開けると、夜特有の澄んだ空気に混じってタバコの煙が私を襲った。 「帰んの?」 店先の喫煙スペースでタバコの煙を吐いていたのは、飲み会の主役であり、数日前まで肺炎で入院していたハズの男だった。 肺を病んだばかり

いぬじにはゆるさない 第7話「過去」

純度100%の悪意をぶつけられると、どれほど精神を消耗する事か。 できれば一生知らずに過ごしたかったが、25歳の終わり際、私はそれに直面していた。 当時の私は、資格の勉強をしつつ、小さめのショッピングモールにある小売店でアルバイトをしていた。 いや、順番から言えば、逆だ。 新卒で入った職場を体調を崩して辞め、とりあえずアルバイトをしていた頃、恋人が出来た。その人と結婚する予定で、更に言えばその三つ年上の恋人は比較的に裕福かつ相手に家庭に入って欲しいという考えだった事も

いぬじにはゆるさない 第8話「イイジマ(4)」

「結局、イイジマみたいにモテるヤツには分んないんだよ。」 友人の結婚式に出席した帰りの事。主賓の都合で二次会が無く、親しい数人でファミレスに向かう流れになった。 結婚式の感想やお互いの近況を語り合っていたのだが、その頃ちょうど失恋ホヤホヤだった男友達のモンちゃんが愚痴り出し、その果てに隣の席のイイジマに絡んだ。 「今までの彼女だって、全部あっちから言い寄ってきたんだろ?いいな~、俺だって告白とかされたいよなぁ~!!」 「確かに俺は、モンちゃんに比べたらモテるのかもしれ

いぬじにはゆるさない 第9話「ヘビちゃん(4)」

“不幸なガキが親戚に居るから、俺が死んだらせめてそいつに金が行けばいいかなと思ってる。” ヘビちゃんが自分自身について語る内容は、いつもどこまでが本当か分からない。 ただ、私より二つ年上な事と、少々複雑な家庭で育ったらしい事。それから、地元はこっちだけれど中一から関東の叔父さんのお寺に住んでいた事、大学に進学する際に地元に戻ってきた事は、どうやら本当らしい。 けれど、大学を中退して海外をブラブラしていた頃にチュパカブラに遭遇したとか、女の子とすぐ寝るのは二人きりだと会話

いぬじにはゆるさない 第10話「ウォーキング(前編)」

『ぎゅうにゅうせっけん』 長距離を走るときは頭の中を空っぽにするのがコツだと、姉が昔言っていた。 私と違い、勉強もスポーツも美術も何でも得意な姉。学生時代に彼女から教わった数々の知識は、大人になってからも度々役に立っている。 その一つが、コレだ。 長距離走の時に頭に浮かぶ、『きつい』『苦しい』『やめたい』という思考。それらを排除するために心の中で唱える魔法の言葉。それと一緒に、呼吸は浅く短く。二回吸って、二回吐いて…の、繰り返し。 『ぎゅう、にゅう』で二回吸う。

いぬじにはゆるさない 第11話「ウォーキング(中編)」

「久しぶりじゃん。車の件、どうなった?」 最近、イイジマとの会話をよく思い出す。 それは、彼を想う故(ゆえ)といった色っぽい理由では無くて、読み終わった小説をかいつまんで読み返し、見落としていた伏線や汲みきれていなかった作者の意図に気付く、あの答え合わせのような感覚だ。 バイトが休みだったある平日、珍しく午前中にウォーキングに出かけてベンチで休憩をしていた時の事。突如、目の前に足踏みをしたままのイイジマが現れた。 この公園は周辺をぐるっと囲むようにウォーキング用のコー

いぬじにはゆるさない 第12話「ウォーキング(後編)」

「俺は女子アナと結婚する。」 友人の門田(もんだ)こと『モンちゃん』は、ちょっと危ないヤツだ。 基本的にはムードメーカーの愛されキャラなのだが、大体二年に一回の頻度で突発的に『やらかし』をする。 二年前は、スペイン語なんか一切話せないくせに「スペインで通訳者になる!」と言い出した。そして会社まで辞めてスペインに渡ったものの、わずか五日で返ってきたのだ。片道に丸一日かかるらしいので、実質三日だ。 そして今回は、どうやらコレらしい。 「絶対、女子アナと結婚する。」 二

いぬじにはゆるさない 第13話「脱皮」

※注意※ 初めての方、 また、前回の12話までをお読みで無い方は、 本編の前に引き返すようお願いいたします。 ↓各話一覧はコチラ 『真実』や『人の気持ち』というのは、一体、どこまでを知れば良いのだろうか。 そして、どこまで知る事が許されていて、どこまでを受け入れるべきなのか。 生きていれば知りたくも無い真実を突きつけられる事もあるし、勇気を出して開けた扉の先に希望が待っている事もある。けれど、相手があっての話ならば、無理に扉をこじ開けるのは問題だ。それが功を奏す

いぬじにはゆるさない 第14話「蛍」

きっと私は、心のどこかで期待していたのだ。私の勘が大外れで、初めてのメールが届いた時のあのやり取りのように彼が笑ってくれる事を。 「あんた面白いこと言うね」、と。 未来のある関係だなんて、最初から思っていなかった。単なる好奇心で立ち寄っただけの場所だ。充分楽しんだら、荒らさずそっと去るのがルールだろう。 なのに、彼の心の中にある一番繊細で柔らかい部分を無理矢理剥き出しにして、不用意に外気に晒(さら)してしまった。それも、ただ私の答え合わせという自己満足のために。 彼の