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心理士、家族に何ができるのか考える。

「ママが心理士だと、
 子どもが不安になったときとか、
 困ったときにも家にカウンセラーがいるからいいよね」

なんて言われることも少なくない心理士というお仕事。
(きっと他のママ心理士も言われたことがあるはず!)

でも、
多重関係とか、
関係性とか、
色々な視点から見て、
家族にカウンセリングができるわけではないし、
「母親が心理士でいることの良いところってあるのかな」
というのが正直な思いでした。

ただ、
カウンセリングはできないけれど、
家族が抱えている〝思い〟や〝不安〟への
関わり方や寄り添い方の知識はあるのかなと思うのです。

3歳の「さびしい」とどう向き合うか。


現在5歳の我が家の長女。
3歳の頃、
ほぼ毎晩のように寝る前になると「さびしい」と言っておりました。⁡

それはもう鬱陶しいくらいに言ってくるので若干うんざりするのですが、
「さびしい」を無下にするのもちょっと怖いので、
その「〝さびしい〟というのはどんな感じなのか」聴いてみました。


これは、フォーカシングという、まだ言葉にならないような、
からだで感じられる微妙な感覚に注意を向け、
そこから言葉を出していく作業を意識した問いかけです。

「その〝からだの感じ〟は、自分に何を伝えているのか」
それを言語化していく作業と言って良いですかね。

そうすると、娘の応えは
「なんか、ひろいかんじ」
とのこと。

ふむ。
ひろいかんじ…。
からだのなかがぽっかり広くなる感じなのかな?

色々きいてみると、
その「さびしい」は「ねむい」のと一緒に出てくるらしくて、
「こわい」のと繋がることもあるらしい。

「こわい」と繋がるのは夜だけで、
朝起きると繋がりはなくなるらしい。
赤ちゃんの頃から寝るのが苦手な人だったのは、
眠気とうまく付き合うのが苦手だったのかなぁ。

小さいからだなりに、
いろんなことを感じているらしく。
乏しい言語力ながら、
娘なりに頑張って表現してくれました。

⁡「さびしい」という言葉でも、
きっとそのときの〝からだの感じ〟は人それぞれで、
私は娘の「さびしい」がよくわからんかったのですが、
このやりとりで、
私は娘の「さびしい」の受け取り方が、少し変わったのでした。⁡


身体症状としての咳


そんな長女が、
去年の冬ごろから
なにかしらの負担がかかると、
身体症状として咳が出るようになりました。

この、「なにかしらの負担」がわからなくて、
5歳児相手に言語でのやりとりをするのも難しくて、
去年の冬、そして去年の夏前から夏にかけて頭を抱えておりました。

「精神的なものってわかってても、
 私にできることなんでないやーん」と頭を抱えていたのですが、
ふと思い立ってフォーカシング的に、その“咳”と関わってみることにしました。


X年7月24日

私が娘に「ここ(喉)詰まってる感じしない?」と問いかけると、
「なんでわかるの?」と涙目。

喉にあるのは楕円形で白っぽいもの。
光ってるのと光ってないのとの間くらい。
そんなに硬くはないけど硬い。
幽霊がいそうなところから、森を長い間歩いてきて娘のなかに入ってきた。
名前は〝いやだこちゃん〟。

話しているうちに、
「しんどい」と泣き出してしまった。


X年7月25日

“いやだこちゃん”はいなくなったらしい。
でもまだ咳は出る。

〝いやだこちゃん〟と元々はひとつだった
〝いんくん〟がお腹のなかを走り回っている。
人間のような姿をした〝いんくん〟。
〝いんくん〟に出ていってもらいたいけど、
帰る家がない〝いんくん〟にそれは言えない。
公園に行ってもらうのも、夜だと心配。

もはやフォーカシングというより、
イメージ療法っぽいけれど、
それでもまぁ良い。

<それなら、〝いやだこちゃん〟の家に行ってみたら?>
と私が提案してみると。

「良いかもしれない。電話もあるから、連絡して行ける。」とのこと。
「早く、咳がなくなってほしい。」とつぶやく。

X年7月27日

夕飯時、〝いんくん〟は寝ている。
朝ご飯は〝いやだこちゃん〟が持ってきてくれる。
〝いやだこちゃん〟と〝いんくん〟は仲良し。
今、娘のなかには〝いやだこちゃん〟はいなくて〝いんくん〟だけ。

〝いんくん〟は優しい子。
〝いやだこちゃん〟はちょっと意地悪。

「〝いやだこちゃん〟がいなくなって、
 喉の痛いのはちょっとマシになった。」

X年8月1日

「〝いんくん〟の話がしたい。」と、娘から言ってきた。

〝いんくん〟は娘の真ん中(お腹)で寝てる。
嫌な感じはしない。
1cmくらいの小さい子。
走り回って、娘が寝るときは一緒に寝る。
一人でお風呂に入ってさっさと着替える。
お風呂は公園にある水道みたいなの。

X年8月5日

「〝いんくん〟の話がしたい」と言ってきたけれど、
〝いんくん〟は今は気にならなくて、首が変な感じだと言うので、
そこに注目したやりとり。

首の辺りに棒のようなものがある。
スポンジみたいに柔らかい、白っぽいもの。
名前は〝ぴーこちゃん〟。
〝いんくん〟が動くと、〝ぴーこちゃん〟にあたって出てくる。
でも、
お絵描きしてくれたりするから〝ぴーこちゃん〟がいないのはさびしい。

“ぴーこちゃん”=咳?

<からだの外に出てもらうのは?>
と私が提案してみると、

「雨だとかわいそう。
 足に来れば、足を動かす時に掴まって楽しそう。」
とのこと。

この後、
少し咳が減ってきたので、
あえて〝いんくん〟たちの話題には私からは触れず。

X年8月20日

なんの前置きもなく、
「〝いんくん〟いなくなった」と一言。
娘からの報告を受けた。

フォーカシングの意味

結局のところ、
このやりとりの影響が何か娘にあったのか。
それとも夏休み期間でのんびり家で過ごす時間が多かったからなのか。
妹と一緒に遊ぶ時間が多かったからなのか。
何が原因で咳が治まったのかは謎ですが。

それでも、
娘が自分のからだの感じに注目することも面白さを感じてくれたなら嬉しいし。
この会話が特別な時間として認識してくれていたことが嬉しい。

私が心理士だったとしても、
実際に娘にできることは限られているし、
私もイライラしながら育児しているし、
具体的に役に立つことって多くないのかもしれない。

でも、
ふとしたときに、
日常のアプローチとは違う方法で、
対話ができることが、
今後の娘に少しでも何か役立ってくれると良いなぁと感じるのです。

咳、その後

咳はしばらく落ち着いており、
「タイに引っ越すよ」という話をしたあとも、
不安そうな、楽しみなような反応をしつつ、
目立った身体症状は出ていませんでした。

ですが、
今年2月に久しぶりの〝あの〟咳!!
(風邪などの咳とは明らかに違うのです。)

ちょうどその日に幼稚園で「しんどい」と言って
いつもは完食する給食を残して職員室で休んでいたという話も
お迎えの時に聞いていたので、
これは早めの対処を…と思い、
「どうした?久しぶりに〝いんくん〟出てきた?」
と尋ねてみました。

そうすると、長女は不思議そうな顔をして
「わかんない」と答えるのみ。

ここまで言っていいのかな?と迷いながら、
「お母さんはさ、たぶん娘ちゃんの気持ちがしんどくなると
 〝いんくん〟が出てくるのかなって思うんだよね。
 最近、お母さんが引っ越しするための準備を始めたし、
 友達に会えなくなることとか、
 これからのこととか、どきどきしたり、不安だったりするんじゃない?」
と、
話してみました。

そのときの長女はなんとも言えない反応をしていたのですが、
「しんどかったら、明日幼稚園休んでのんびりしてもいいよ」
と伝えると、
長女は「休む」ことを決めました。

そうすると、
咳はそのとき以降出ることはなく、落ち着いています。

ただ、「しんどい」のはしばらく続いており、
食事中に「ちょっと休む」こともしばしば。

2月末には、
原因不明の謎の発熱。
(発熱以外は何の症状もない)

これも、
娘なりの「しんどい」の表現方法なのかな。
と、思いつつ。
私はのんびり関わるしかできないので、
私がオンラインで講座などの仕事をしている傍ら、
娘には側で遊んでいてもらったのでした。

きっと。
渡タイしてからも、
タイの生活に慣れるまでの間、
娘の不安定な状態は続くのかなぁと思います。

ぼちぼち。
ぼちぼち。
一緒に歩いて行きます。

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