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被災者報道に取り組む意義も多少はある…はず

 地震や台風といった大災害が起こるとき、マスメディアによる被災者報道が必ず非難の的となる。竜巻で自宅を破壊されたり洪水で家屋が水浸しになった被災者にマイクを向け、気持ちを聞くことにいったい何の意味があるのか。同じ報道の仕事に携わる不肖も、テレビの報道番組を見ていて疑問に思うことが多々ある。

 報道といっても不肖の取材分野はエネルギー分野を中心とする産業経済。事件や事故といった社会問題は対象外だ。だが一度だけ、被災者の取材を行ったことがある。その取材を通して被災者報道に取り組む意義もあると実感した。

 2011年8月末、福島第一原発事故によって避難を余儀なくされていた地元住民に一時帰宅の許可が初めて下りた時のことだ。小雨がぱらつく中、福島県大熊町と双葉町の住民約210人が中継地点となる広野町の中央体育館に集まった。受付と説明を済ませたのち、防護服に着替えて不安な面持ちのまま各方面に向かうバスに乗り込んだ。一時帰宅に費やせるのは2時間。同体育館へ戻ってきた住民がバスから降りると、報道陣が次々とマイクを向けた。

 あからさまに迷惑そうな顔をしたり手で振り払うしぐさをする人が何人かいた。当たり前だろう。原発事故で故郷を追われ、半年ぶりに戻れたといってもわずか2時間。その心境や持ち帰ったものを問う報道陣なんて、邪魔者以外の何物でもないと不肖は感じたからだ。
 それでも何人かの住民は足を止めてくれた。アルバムや遺影といった思い出にまつわる品物を持ち帰った人が多く、「もう2度と(自宅で)生活できないでしょうね」と肩を落とす女性の姿は見るに忍びなかった。
 その中の1人に70代後半の男性がいた。病弱な妻と一緒に避難したものの、受け入れ先を転々とするうちに弱り切って亡くなったことを打ち明けてくれた。だからといって恨み言を報道陣にぶつけてきたわけではない。遺影とともに自宅に戻り、「〝帰ってこられたよ〟と(妻へ)声をかけながらアルバムなどを探しました」と淡々と語っていた。ほかの住民からは愛犬の話題を聞いた。避難先で亡くなった愛犬は、自宅の庭を駆け回るのが大好きだった。だから遺骨を持ち帰り、庭に埋めてきたと…。
 このような話を聞きながら、ふと1つの考えが思い浮かんだ。亡くなった家族の思い出話を誰かに聞いてほしくても、避難先だと相手がいないのかもしれない。報道陣とはいえ、自らの想いを打ち明ければ少しは気持ちの整理がつくのかもしれないと。そして思い出話を聞いた我々が、その人の家族について書き記す。いわば亡くなった方の人生を歴史の一部として、紙面を通じて世の中に残せるわけだ。これも供養の一つになるのではないか。
 勝手な考え方かもしれないが、そのようになるなら被災者や被害者について報じることも意義があると感じたのだ。

 残念なのは、被災地へ入り込んで我が物顔で取材を続ける報道関係者が少なくないこと。少し離れた場所にいる遺族を取材したいがため、体育館に並べられた遺体をまたいで向かった者がいたり、被災地の状況を撮影するために「それ(遺体)をどけてくれる?」と救助活動に勤しむ自衛隊に要請する者がいたと聞いたからだ。

 マナーや倫理観が欠如している言動を取れば、人間としての信頼性が薄れる。このような輩が報じても、人々の心に響くような記事や番組は残せない。ならば被災者や被害者の報道なんて、やるべきではない。迷惑だらけの報道ほど、無用なものはないからだ。

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