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本当はゼネラリストの方がプロフェッショナルよりも成功しやすいという話

長所を伸ばそう
得意なことを見つけよう
専門分野を作ろう

みたいな話が非常に多い今日この頃だが

何かに尖った能力を持った人って成功しているだろうか?

各能力値がこんな感じのイメージの人

何かに尖った人

たとえば、AI開発のスキルが高いが他の能力は劣るという人がいたとして、確かに需要はあるし貴重な人材ではあるだろうが
人よりめっちゃ出世したり、成功したりする確率が高いと言えるだろうか。

特に対人関係の能力(いわゆるコミュニケーション能力など)が劣っていたらどうなるか。

あの人能力は高いんだけど一緒に仕事したくないんだよねー
と同僚に思われていたらどうなるか。

やっぱりチームとしての成果は上がらないだろう。

今をときめくNetflix(最近会員数の伸びが鈍化してきたらしいが)では
ある種類の人材を解雇してチーム力を強化し、急成長を遂げた。

Netflixが追い出した社員とは

有能だけど問題を起こすタイプの社員
である。

こういうタイプは仕事ができるので会社としても頼りにしている存在である。

ところが、往々にして問題児がチーム全体のパフォーマンスを下げるということが起こるのである。

結局、対人関係スキルが高い人で固めた組織が高いパフォーマンスを発揮するということだ。

そもそもホモサピエンスが他の種より抜きんでて繁栄したのは
個々の能力はたいしたことがないけれど集団で協力し合って行動することによって高いパフォーマンスを発揮したからだ
と言われているくらいである。

我々はそういう風に進化してきた。

それで、大事なことは

対人関係スキルってけっこう総合的な能力じゃない?

ということ。

対人関係スキルというと狭い意味になってしまうかもしれないので
他人と協力して仕事をする能力
と言い換えた方が分かりやすいかもしれない。

そういう能力の中には、他人の感情を害しない言い方ができる能力もあれば部下のやる気を起こさせる能力もあるだろうし、率先して動く姿勢だったり頼みごとをしやすい人柄などもあるだろう。

他にも、意外と重要なのが日本語力である。
特にテレワークが普及した昨今、テキストベースでの会話が以前より多くなっている。
そんな中で何言ってるのか趣旨がよく分からない文章、長すぎて読む気が起きない文章、誤解を生じさせる文章が発せられると、受け手はその解釈に余計な時間を取られたりする。
簡潔明瞭な文章を書ける人って意外と少ないのである。

このように、他人と協力して仕事をする能力の構成要素は多様である。
そして、それらの構成要素のどれかが飛びぬけていてもあまり意味はなく、どの構成要素もまんべんなく一応身についていることが必要という意味で、これらは総合的な能力である。

したがって、

こういう人材よりも

何かに尖った人

こういう人材で固めた方が

バランスがいい人

組織全体のパフォーマンスは高い。


ちなみに、こういう何かに本当に突き抜けた人材はもちろん重宝される。

天才

しかし、ご存知のとおりこういう人材は稀である。

世の中の大多数の人間にとって、自分の得意なことを伸ばしきったところでたかが知れている。

そして、往々にして何かに秀でている人というのは他のこともできる。

そういう人は自分の長所を伸ばしまくったから成功したのだろうか?
否、元々能力の高い人は何かに尖ろうとしようがしまいが、どちらにしろ何でもできてしまうのである。

チームで仕事をする能力が自然と備わっていくのである。

もちろん、知識は積み上がっていくものだから専門分野があった方が有利ではある。
しかし、それとてチームで仕事をする以上互いの知識や能力を補い合ってなんとでもなるようになるし、実は専門性は生きていればいつの間にか勝手にこびりついてくるものである。

つまり

成功するため、成果を挙げるために長所を磨くのはあまり意味がない。
長所を活かす、得意なことを仕事にするというのはひとえにその方が楽しいからだし、幸せだからである。

そして、それって決してどうでもいいこととか小さいことではないのである。
むしろ、楽しさや幸せにつながるからこそ長所を活かし得意なことを仕事にすることが大切なのである。

そして、だからこそ自分の長所を他人と比べることにも意味はないし
取り立てて言うべき長所がなくたって一向にかまわないのである。
それが成功や成果に直結するわけではないのだから。

ただ自分に合っているなと思うことをやり、合っていないと思うことをやめればいいだけなのである。

だから、一芸に秀でていなくても成功することはできるし、幸せになることもできるのである。

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