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契約書レビュー虎の巻②~詳論

ここからは、契約書レビューの具体的な手順を説明していく。
必ずこの順番ですべきというものではないが、一般的にやりやすいと思われる順番で挙げると以下のようになる。
(1)商流の表現
(2)リスクへの手当て
(3)有利方向への修正
(4)一般条項の抜け漏れ確認
(5)形式面の調整

(1)商流の表現

商流とは、取引の流れ、すなわち商品と対価がどのように移転するかを指す。
契約法務の観点でいえば契約当事者のどちらがどのような商品提供の義務を負い、どちらが対価を支払う義務を負うかということであり、契約書の骨格をなす最も重要な点である。
契約書レビューに際しては、はじめに商流を正確に理解しておかなければ何もできない。

シンプルな例として甲が乙に靴を売る売買契約を取り上げると、
甲 →(靴の移転)→ 乙
乙 →(代金の支払い)→ 甲
という商流になり、
これを契約書に起こせば
⓵甲は乙に品番XYZの靴100足を2040年5月5日に引き渡す。
②靴の所有権は引渡しと同時に乙に移転する。
③乙は甲に100万円を翌月末日に支払う。
といった条項になる。

最初にやるべきことは、クライアントから聞き取った商流が正確に契約書の条項に反映しているかを確認することである。
その際に、商品は特定されているかとか代金の支払日は決まっているかとか取り決めるべきことが漏れていたり曖昧だったりすることが判明する場合がある。
そのような場合はクライアントに確認する必要がある。
また、民法の任意規定との関係も念頭に置かなければならない。
たとえば、上記②の所有権移転時期についての条項が欠けていることに気づいた場合には、そのままだと民法176条の適用により契約締結時に所有権が移転することになる点をおさえ、その方がクライアントにとって有利なのであれば(一般的には買主の場合)放置してもよいかもしれないし、不利なのであれば(一般的には売主の場合)修正案を提示すべきである。

現代の取引では複雑な商流も多く、契約当事者以外の第三者をも含む全体の商流を把握し、その中での対象契約の位置づけを分かっていなければならない場合もある。
たとえば、甲が相手方乙の見込み顧客を紹介して、成約時に成果報酬として紹介料をもらうという取引がある。
この場合の商流は、
甲 →(顧客紹介)→ 乙
乙 →(サービス提供)→ 紹介顧客
紹介顧客 →(対価の支払い)→ 乙
乙 →(紹介料の支払い)→ 甲
となる。
甲乙間の契約書だからといって甲乙間の商流だけを見ていればよいわけではなく、契約外の顧客を含めた商流全体を見渡さなければ適切なレビューはできない。
紹介料の支払期日を決めるにあたっては、乙と紹介顧客との成約のタイミングや乙が紹介顧客から対価の支払いを受けるタイミングが影響する。

(2)リスクへの手当て

商流を把握することにより、さらに言えば取引の内容をビジネス的な観点から理解することにより、クライアントがどのようなリスクを負うことになるかを想像することが可能になる。
レビュー者が持つ知識や情報は限られているのであるから、クライアントから積極的に現場の情報を引き出し、想像力を働かせることが重要である。
こうして洗い出したリスクが契約書によってカバーされているかどうかを点検する。
カバーされない部分については、そのリスクを受けいれるのか、代金に反映させるなどするのかといったことをクライアントに決定してもらうことになる。

(3)有利方向への修正

次は、個別の条項をクライアントにとって有利になる方向に修正する。
一方的に有利になる修正を極力加えていくのか、ある程度常識的な範囲にとどめるのか、全体として中立的・公平な内容になる程度にすれば足りるのかといったレベル感は個々の取引の実情やクライアントの意向次第である。
このレベル感を意識しておかないと、毎回のレビューのたびに迷ったり成果物がちぐはぐになったりしてしまう。

(4)一般条項の抜け漏れ確認

秘密保持条項、契約解除条項、合意管轄条項などお決まりの一般条項が抜けていないかを確認する。
慣れないうちは別件の契約書や雛形や書籍を参照しながら確認する。
契約の類型ごとに必要な一般条項の種類は微妙に異なるので、同一類型のものを参照すべきである。
また、一般条項であっても個々のケースによって重要度や意味合いが違うこともある。
たとえば反社会的勢力の排除条項は、非上場会社間ではさほど意味を持たないことが多いが、上場会社及び上場準備中の会社にとっては必須の条項である。

(5)形式面の調整

最後に、誤字脱字、てにをは、インデント、条ズレ、日本語の修正などの形式面の調整である。
地味に時間のかかる作業である。
しかし、意味不明瞭な日本語を放置したことが原因で解釈が分かれて紛争化することもあるし、法的効果に影響を及ぼす部分については見逃してはならない。


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