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HYBRIDのすすめ

はじめに

 今回はボクのアイデンティティについてのnoteです。就職した1997年に職場にも同じ題名で寄稿しました。大学を卒業したばかりのボクと現在のボクが同じ題名で文章を書こうとしています。ボクはどう成長しているのか、変化しているのか、していないのか。当時のコラムを入手して、読み直してみたいものです。

文武両道とは

 文武両道(ぶんぶりょうどう)とは、文事と武事、学芸と武芸、その両道に努め、優れていることを指す語。求道的な評価にも用いられる語である。変わって、現代では勉学と運動(スポーツの両面に優れた人物に対しても用いられる。
 『平家物語』には、「あっぱれ、文武二道の達者かな」とあり、文武二道(文武一道とは異なる)という語がある。この語は、近世においても用いられている(朋誠堂喜三二著『文武二道万石通』など)。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 皆さんと同じように学生時代、特に中高校生の頃には親や先生によく言われました。全国大会出場や有名大学合格など、多くの大人たちは分かりやすい結果を求めるものです。確かに結果は重要でしょうが、(他より)優れている”必要はなく、特に学生時代には、勉学やスポーツ・芸術に没頭していれば十分だと思います。さらに言えば、“両道”では勿体ないので、3つ、4つと夢中になって、とことんエネルギーを費やして、自分の好きなことや得意なこと、将来、お金に繋がる、仕事になり得る事柄に出会って欲しいです。
 確かにボク自身は高校や大学時代にスポーツや勉強に没頭していたと思います。当時の自分はとても困窮していて、自分なりに生きていくことに精一杯でした。本当に狭い世界でしか生きておらず、自分自身にも周囲にも可能性を気付いていませんでした。少し大げさですが、可能性という言葉の存在すらも知らなかった気がします。勉学にしろスポーツにしろ、目標を低く見積もっていました。その低く見積もった目標を無難に達成することで満足していました。
 小学か中学の早い段階で、嘘でもいいから「君には可能性がある。ここにいちゃいけない。広い世界へ行きなさい。」と言ってくれる大人に出会いたかったです。ひょっとしたら、もっと違う場所に居たかもしれないです。

好きと得意は別?

 ボクは小さな頃から柔道を修行し、地元の大学では電気電子工学を専攻しました。“年齢はただの数字(age is just a number)”という言葉もあり、ボクも同意しますが、実際にこれらを現在の年齢から始め、そこそこに極めることは難しいと思います。
 幼く世の中を分かっていないうちに、強制的・自主的に関わらず、運動と工学に係る基礎・基本や思考・実践する習慣を身に付けたことは、自身の財産だと思っています。いわゆる就職活動でも、柔道と電気電子工学をテコに仕事を獲得したので、それなりには“文武両道”だったのでしょうが、好きだったかと言うと「NO」です。
 柔道に関していえば、完全に「辞め時(やめどき)」を逃してしまいました。中学から高校、高校から大学への進学時に違う競技を選ぶ余裕がなかったのかなと思っています。
 これは工学ともシンクロします。中学時代のボクは工業高校に進学し、電力会社への就職希望がありました。主な理由は「勉強したくなかった」「バブル後で景気が悪くなりつつあった」「経済的に大学進学する環境になかった」「早く家を出たかった(自立)」ですが、一番は「情報量と教育の少なさ」です。田舎に住み、大人からの十分な情報提供や教育がないと、自分のキャリアパスが十分に形成できないのです。インターネット社会となった現在でも若年層(大人にも!)には大切だと実感する毎日です。
 就職して数年経った時、高校時代のボクを知る社会的地位のあるA氏から言われた「あなたは柔道か勉強か1つを選んでいたら大成したろうにね。」という言葉が忘れられません。
 幼く純粋なボクは「継続は力なり」「石の上にも3年」などという言葉に縛られ、1度選んだモノやコトを辞めさせなかったんだろうなと感じます。そして、そこそここなしてしまったが故に親や周囲の大人がボクを褒め、辞めさせない雰囲気を作っていたことは確信しています。

リービッヒの最小律

 突然ですが、別名「ドベネックの桶」とも呼ばれる「リービッヒの最小律」をご存じですか?

リービッヒの最小律(リービッヒのさいしょうりつ)は、植物の生長速度や収量は、必要とされる栄養素のうち、与えられた量のもっとも少ないものにのみ影響されるとする説。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 30代になり生き詰まり、ついには精神疾患に陥ってしまったボクは見事に“リービッヒの最小律”が当てはまる(っていた)と考えるのですが、皆さんいかがでしょうか。前述の通り、運よく人生の節目を無難にクリアし「得意なこと」を生業にしてここまでは生きてきましたが、遂に“ドべネックの桶”から何かがボタボタと漏れ始めてしまいました。病気と向き合うためにも、これまでは苦手としてきた、そして避けて生きてきた分野との対峙が始まりました。

「物質」と「言葉」
「工学」と「文学」
「硬派」と「軟派」
「完璧」と「適当」
「肉体」と「精神」
「リアリスト」と「ロマンチスト」

 闘病の後半で運命的な出会いを果たしたカウンセラーT先生から学んだ“森田療法”や“自律訓練法”“マインドフルネス”、自らの学びの中で出会った“アドラー心理学”により、病気は徐々に快復していきます。
 ちょうど今の時期、立春を過ぎたこの季節のような、ボクの人生を春に導くかのような三寒四温の日々でした。これまでの生き方とは真逆の世界への羽ばたきです。
 成果主義で完璧主義で、尖って周りに当たり散らしていたボクに対して、病気が「今の生き方では壊れてしまうよ、足らない物を受け入れていこうよ」と教えてくれているようでした。次第に、新しい世界を受け入れることとこれまでの自分を受け入れることは同値なんだと体感してきました。
 そして、苦手で嫌いと思っていた「60%で上出来」「散歩」「自然」「神社」「巨石」などに手を出し、それらを繰り返し、好きにになりました。そしてシンガポールで確信したボクは、ついに自分自身を好きになり始めているのです。

守破離

 一流という言葉があります。あまりにも有名で日常化された言葉ですが、数多くの解釈が存在し、中には相反する解釈も含まれます。例えば「2つの道を求める者は二流」と解釈される方がいらっしゃいますが、ボクは「守破離→立派→一流」という解釈が好きです。1つの道に拘りその道のみを極めることこそが一流とは考えていません。
 また、どの道も修行は一生行うものだと考えています。人生のステージで時間や体力や経済などの環境が大きく変わってしまい、不本意ながら中断しなければならないことがあります。しかし、数か月や数年経った時に、また戻って来てでもその道を求め続けることが大切だと思います。

1/100の存在

 お客さんから「ねえねえ、左利きは10人に1人で、AB型は10人に1人だから、私は100人に1人の人間なんよね。」と話しかけられたことがあります。似たような話を堀江貴文さんが自署「多動力」の中で“3つの肩書を持てばあなたの価値は1万倍になる”と記していらっしゃいます。

 いきなり10,000人に1人の人間にはなれませんが、100人に1人くらいにはなれそうです。例えばベンチプレス100kg挙げられる男性は100人に1人で、ボクは該当します。英語(レベルもありますが)が話せる。子どもが3人いる。いかがでしょう、所属するグループにもよりますが、みなさんも何がしかお持ちではないでしょうか。
 ここで肝心なのは“メジャーニッチ”より、“ニッチメジャー”の戦略です。体育系大学ではベンチプレス100kgはざらですし、文学系大学で英語習得者もざらです。陸上競技だと超花形の100m走ではなく競技人口の少ない十種競技でどこまで登れるかを勝負するといった感じです。

 職場でこんなエピソードがありました。ある女性が本気で手話を学んでみたらどうか、というのです。コミュニケーションに長け、お喋り好きなボクに合っていると思ってオススメしてくれた様子ですが、ボクは「この職場には既に複数人の手話通訳者がいて、彼らは十分に活躍していて手話を生きがいにされていますよね。ボクがこの職場で皆さんの役に立つには、手話を1から学ぶことではなく、得意分野であるICTを磨いて貢献することだと思います。」とお話しすると彼女は合点した様子でした。
 ボクは手話を学ぶことに否定的ではなく、機会があれば日常会話くらいは習得したいと思っています。しかし、仕事人として職場に貢献するにはにわかの手話ではなく、自分らしさの1つであるICT技術を発揮することだと考えています。100人を超える職員の中で電気電子工学を専門とするのはボク1人だからです。

まとめ

 社会人になり、おしゃべりが好きで、色んな人と出会って話がしてみたいと始めた英会話。恥ずかしながら、高校3年生時に赤点を取ったくらい苦手で、英検4級しか持っていません。英会話に関して、逆に自分には伸びしろしかないと言い聞かせています。
 高校3年生で始めた熱帯魚飼育は気持ちや環境の変化に応じて、水槽やサカナを手放しては集めるを繰り返しました。そんなボクですが、30年経った今では熱帯魚を通じた交流を行っています。国内はもちろん、台湾の呂帝王、シンガポールのJasperさんと海外にまで広がってきました。
 40代で始めた御朱印集めや神社や巨石などパワースポット巡りは、週末に籠りがちなボクにお出かけする機会を増やしてくれました。行った先々での発見、性別や世代を超えた交流はとても楽しいものです。実際にスピリチャルな場所に立ち止まり全身で感じることで、マインドフルネス的にボクを癒してくれます。
柔道に限らず、柔術総合格闘技ボディメイクでは、その運動習慣や食事管理によって健康で若々しくいられるようになったと思います。台湾旅行の際に台北のファミリーマートで出会ったプロ格闘家の呉さんとは、同い年ということもあり、親しくさせて貰っています。台湾を訪れた際は、彼の家族や友人とも交流をし、今から次回の渡航が楽しみです。

 自分の中では柔道や電気を、「得意だが好きではない」と思っていました。そんなボクも今は「好きだから続けてこれたのかな」と感じるようになっています。そして、熱帯魚や英会話や運動も得意から好きになりつつあります。それはコンテンツがお互いに作用しあい、より高め合ってより良い効果を得ているからだと思います。
 1つの道を極めることはとても素晴らしいことだと思います。しかし、全く違う分野のコンテンツに拘りを持って、細く長く続けることで相乗効果が生まれます。それらがやがてには自分らしさやアイデンティティーになると思います。皆さんも、これまで先延ばしにしていた、苦手そうだけれど気になっていた物に挑戦してみてはいかがでしょうか。

 ボクは行きます。結末まで見届けてくださいね。

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