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部長はふわりと

 ランチから戻ると、部長が宙に浮いていた。
 フロアには新入社員の小杉くんと私と、天井に引っかかって照れくさそうにもぞもぞ動いてる部長しかいない。
「ああ、角田さん。なんか急に部長浮いちゃって、こういう時どうするか聞いていなくて」小杉くんがいつも以上に潤ませた黒目で近づいてくる。犬か。かわいい犬か。
「えっと……私も噂で聞いてた程度だから、どうしよう……」
 この会社に来てから4年目になるけど、実際に部長が浮いているのを見るのは初めてだった。先輩社員から噂だけは聞いたことがあるけど、対処法まで聞こうとも思わなかった。
 部長は背中を天井にくっつけたまま、平泳ぎみたいな動きで下に戻ろうとしている。疲れてるときに限ってどうしてこんなことが起きるんだろう。なんて考えていると小杉くんは「あ、返信きた」と言った。
「太田さんにLINEしたんですよ、さっき」
 子供みたいな目を細めてスマホを見ている小杉くんに目を移して、太田さんのLINE知ってることに驚いた。
 私より1年あとにこの会社に転職してきて、私の10倍は仕事できて、私の30倍人気者で、私の200倍美人な太田さんの指示は的確で、部長を観察しすぎず、あくまで自然に仕事以外の雑談をしておいてほしいとのことだった。
 
 小杉くんの「ゴルフって面白いすか?」みたいな話で部長と盛り上がったり、私は小杉くんが最近みた映画の話を聞き出すことに成功した。コナンを毎年見ているそうだ。私も見よう。
「あー部長。そういえば、このあいだ教えてもらったあれ、すごくよかったですよ〜」
 ランチから戻った太田さんが、その他3名を引き連れてオフィスに入ってくるなり談笑を始める。いつの間にか、小杉くんもその話題ではしゃいでいた。

 私は自分の役目が終わったと判断して、自分の席に戻って資料の続きを書き始める。
 昨日からキーボードの反応が悪くて、いつもより深く押さないといけない。

 気がつくと、いつも通り座って笑っている部長が見えて、私は体が軽くなった気がする。

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