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意(仮名)

 私は〈意〉である。〈意識〉とか〈好意〉とかの〈意〉だ。一般的には「心に思っていること」と説明される。

 私が〈意〉の状態のとき、私の存在は誰にも見えない。しかし、私が声になると〈意見〉と呼ばれるものになり、人間が活発になったときには〈意欲〉などと呼ばれる。私の考えが及ばないことが起きると〈意外〉というものになったりもするように、私にはその時々で様々な名前がつく。

 私は、宿っている人間と同じく今年で四十三歳になる。この人間がまだ小さかった頃、小さな人間は叫び声をあげたり、激しく暴れたりしていた。それは私がそうさせたのだが、これには名前がつかなかった。
 その様子を見ていた周囲の大きな人間は「躾がなっていない」「教育が不十分だ」といった〈意見〉を述べていた。小さな人間も私も、その言葉の〈意味〉を深くは理解できなかったが、いつも近くにいて守ってくれる人間の悲しそうな顔が記憶に刻まれた。

 やがて人間が大きくなると、叫ぶことには〈意志〉があると言われ、暴れることには〈意図〉があるのだと言われた。しかし、それは小さな頃と変わらず、私がそうさせているだけで、人間自身の〈意志〉や〈意図〉では、どうすることもできなかったのだ。

 こうして最近、私にはまた新たな名前がつけられたようだ。〈悪意〉と。

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