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天女たちの天体観測 徒然なるままに日暮らしnoteにむかひて

五人の和装の女性が大きな天体望遠鏡を取り囲んでいる。そのうちの一人は熱心に望遠鏡を覗いている。他の女性たちは順番を待っているのだろうか。望遠鏡の向こう側の女性は待ちきれないのか、望遠鏡の先にある宙を見上げている。ちょっと不釣り合いにも見えるが、そこがまた魅力になっている不思議な絵である。

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『星をみる女性』と題されたこの絵を描いたのは太田聴雨(おおた ちょうう)という日本画家。つまり、この絵はまぎれもない日本画である。太田聴雨は1896年(明治29年)に仙台で生まれ、1958年(昭和33年)に没したが、『星をみる女性』が描かれたのは1936年(昭和11年)のことである。

「戦前」(第二次世界大戦前)と呼ばれる時代に、望遠鏡で、それもこれほど大きな望遠鏡で宙を眺めた女性はどれほどいたのだろうかと想像してしまう。少しネットで調べてみると、この絵はやはり実際にあった場面を描いたのではなく、太田聴雨の想像の産物とのこと。

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解説を読まないとわかりづらいが、女性たちの着物の柄は、春蘭、牡丹、小菊、楓と、それぞれ季節が異なっている。解説には「もしかしたら彼女たちは巡りゆく季節の象徴で、この絵は『天体の運行』というような表現し難いものを描こうとしているのではないか」とある。

そうならば、彼女たちは宙から舞い降りてきた「天女」のようにも思えてくる。着物は天女の羽衣なのかもしれない。天女たちは、彼女たちの故郷である「天界」が地上からどのように見えるのか、たしかめているのだろうか。天女は容姿端麗とされているようだが、少なくともこの「星をみる女性」たちは優美であり知的にも見える。戦前の「宙ガール」とも言えそうだ。

ところで「星をみる女性」たちは太田聴雨の想いが託されたイメージであるとしても、この望遠鏡には明確なモデルが存在する。

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1931年(昭和6年)に日本で初めて作られた本格的な屈折赤道儀がそれである。国立科学博物館(当時の東京科学博物館)の天文ドームに設置され、公開天体観望に用いられてきたとのこと。

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だとすると、実際に「星をみる女性」たちはいたのかもしれない。先述のとおり『星をみる女性』が描かれたのは1936年(昭和11年)である。太田聴雨も天文ドームを訪れ、「星をみる女性」たちのことを知り、それをモチーフに『星をみる女性』を描いたのかもしれない。こちらでも天女のことなど含めて同様のことが記されている。

戦後、1946年(昭和21年)から1990年代までの長期にわたって、この望遠鏡は太陽の黒点観測に活躍し、残された多くの太陽黒点のスケッチは貴重な記録となっている。そのスケッチを描いたのは小山ヒサ子さんという女性である。アマチュア天文家から太陽黒点観測の専門家となった方である。

昭和30年代末のある日、まだまだ幼い子どもだったが、天文や宇宙にちょうど興味を持ちはじめた頃、たまたま両親に連れられて上京する機会があり、初めて上野の国立科学博物館を訪れた。

その日、天文ドームで太陽黒点の投影会が行われていて、そこに居合わせた。その公開観望を解説されていたのは女性だった。幾つくらいの女性だったのか、女性の服装や様子などは記憶にないが、女性だったことだけは明確に覚えている。

いまになって、あの女性は小山ヒサ子さんだったのではないかと思っている。写真も撮っていないし(ひょっとしたら父が撮っていたかもしれないが、残っていない)証拠もないが、その想像は自分の中で貴重な遺産のようになっている。

そのとき、あの屈折赤道儀にも初めて会ったはずだが、望遠鏡のことはほとんど記憶にない。しかし後年、国立科学博物館と縁ができて、屈折赤道儀とは(一度ならず何度も)再開を果たした。この望遠鏡は任務を終え2005年(平成17年)に引退、館内で展示されることになり、その後常設展示となった(2021年4月時点で常設展示されているかは不明)。

『星をみる女性』を初めて知ったのはいつだったのだろうか。その記憶は曖昧だが、いつか実物を見てみたいと思い続けていた。そして5年前の秋、東京国立近代美術館で『星をみる女性』が公開展示されることを知った。憧れの女優の舞台でも観る心持ちで足を運んだ。

幸いにも観客が少なく、ゆっくりと対面を果たせた。実際見てみるとその大きさに圧倒された。273㎝×206㎝とのことだから、人の背丈より大きい。派手さとは無縁だが、観ていて飽きない。館内の静寂さと相まって、静謐な魅力に思わず身震いしそうになった。その帰り道、国立科学博物館に立ち寄り、「本物」の望遠鏡も再確認した。晩秋の青空が深く清らかな一日だった。

『星をみる女性』は、1990年(平成2年)に切手にもなっている。幸い高額ではなかったので、手に入れた。右端の女性はトリミングされていて、図柄は粗い感じがするが、貴重なコレクションになっている。

世に広く知られた美術作品だけがこころを打つとは限らない。自分が思い焦がれる作品こそが、自分にとって悠久の美である。

(※)写真はすべて自分で撮ったものです。国立科学博物館も東京国立近代美術館も(少なくとも撮影当時は)基本的に館内での撮影は許されていました。

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