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でこピン猫

仕事が終わって
職場のドアを開けると
温かい風が前髪を揺らす
柔らかい春の匂い
先月はまだ暗かった空が
だんだん明るくなってきた

いつも一緒に帰る
同じ職場のおばちゃんと同期の子
3人で職場の外にある階段を降りる

階段の途中の隅に
チョコンと座ている茶色い猫
お昼ご飯を外に買いに行く時はいないのに
帰る時間には毎日ここにいる

足の先だけ白くて
靴下を履いているみたい
毛並みからして
お年を召した猫らしい

職場のおばちゃんはいつも
「お疲れ!」と言って
猫の額に軽く「でこピン」する

猫は嫌がる訳でもなく
目を細くして
「にゃー」と返事をする

「バイバイ!」と
猫に向かって小さく手を振る
私と同期の子

こんな微笑ましい
やりとりをしながら
「今日も頑張ったな」と
私は一息つく

そんな日々を続けていたら
いつのまにか季節が
春から秋へと流れていた
 
仕事が終わって
職場のドアを開けると
秋にしては冷たい風
先月はまだ明るかった空が
今はもう薄っすらと暗い

「夕飯はおでんにするかなぁ」とおばちゃん
「お鍋もいいよね」と私
「じゃあ、私は両方」と同期の子
そんなことを話しながら
職場の階段を降りる

でも今日は猫が階段にいない

周りを探しても見つからない猫
「アイツきっとデートだよ」
そんなことを言いながら
おばちゃん少し寂しそう
何となく会話が弾まないまま
駅まで歩き3人は別れた

電車に揺られながら
窓の外に映る暗闇に散らばる
たくさんの数の光を見つめて
私は小さくため息をついた

ただ階段の隅に座っているだけの猫
でこピンをすんなり受け入れて
親切に返事までしてくれる猫

それでも私たちにとっては
大きな存在だったんだと
改めて思った

あの目を細めた何とも言えない表情と
気だるく「にゃー」と言う声に
また会いたい

どうか明日は猫が戻ってきて
また階段にチョコンと座って
いてくれますように

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