守破離
皆さんこんばんは!!
古山大です!梅雨ですね!雨ですね!
…さて、今日の私はオフです。休みです。生憎の天気なので、自宅で過ごします。が、やる事も無い!!
…いや、小説書かなきゃいけないんですけど今日の分書き切ったら気力が失せたと言うか…。まあ!兎に角今日の分は書きました!現在クライマックスへ向けて、お話まとめなきゃで結構大変です!…いや、特に話の風呂敷広げてはいないから、まとめるも何も無いですけどね…。
兎にも角にも、小説書く体力は出し切った!!と言う事で何しようとボーッとしてましたら、こんなものを見つけました。
はい。最近その考え方に個人的にハマっている為末大さんです。
短距離走、ハードル走の技術云々は観てないのですが、今回の内容は面白そうだったので、為末大学受講しました。笑
日本とアメリカ。2つの国の真逆な競技環境を見た為末大さんだからこその視点が、とても興味をそそられます。
この動画の中で「守破離」について言及している部分がありました。
世阿弥が言った言葉らしいのですが、私がこの言葉を知ったのは大学生になってからでした。
つまりは、何かを学ぶとき、
・最初は型を守って覚え
・型を覚えたらそれを破り捨てて
・型を元にアイデンティティを作って離れてく
…?みたいな意味だった気が…。違ってたらすいません。まあ兎に角この言葉。ホントに面白いなと思ったのを覚えています。
現在のスポーツ指導に於いては、様々な理論や意見が存在し、この守破離の考え方についても否定的な意見が無いわけじゃないのですが、僕はこの考え方はすごく大事だと思いました。
水泳に例えると、よっぽどの天才じゃない限り、クロールのやり方を教えないでクロール泳げるようになる人なんていませんもんね。見様見真似でやったとしてもそれは、型を真似たことになりますから、結局守破離の守と同じです。
で、破・離になっていくのですが、、、まあ私はこんな正確なので、「俺はもう破・離の段階だ!!」みたいな考えが強すぎる傾向にあります。本当にそうなのかもしれませんが、実際はそうじゃないかもしれないのにです。
トレーニングの5原則の一つ「漸進性の原則」に則れば、自分の現段階と違う段階のトレーニングを行うことは、全くの無意味となります。
だからこそ選手は、自分の能力や考えに驕りすぎず、謙虚な姿勢で学ぶ必要があるんですね。
…でもまあ、こんな事言うと怒られそうですが、謙虚な姿勢ばかりじゃ突き抜けた存在にはなれないと思いますケドね…。
学ぶことに対しては謙虚に、でも自分の能力には自身を持ってガツガツと…みたいな?上手く言えませんが。
まあつまり、僕の中の「謙虚」って言葉のイメージが、「いやいや自分なんてまだまだです。全然弱いですよ。」って言う自信の無いイメージなので、「使い分けって大事だよね。」って話です。
…話がそれましたが、何となく強くなっていく事はこの「守破離」の繰り返しだと思っています。離まで来たら、多分また守に戻ってきます。そうやって螺旋階段を上るようにグルグルと実力をつけて上に登ってくんですね。
と!言うわけで、まずは早速「破」をやろうとホワイトボードに書いてあった今までのフォームイメージを全部消しました!!
破!!!!
消す前の写真を撮り忘れるという…。見たことある人にしか伝わりませんが、ここにはところ狭しと、感覚に関するフィードバックが描かれてました。
まずはここからです。最近、動きの感じも変わってきていたので、丁度いいタイミングでしたね。埋め直します。
全部埋めたら写真載せます…。
それでは!!!
トライアスロンーーー!!!🏊♂️🚴♂️🏃♂️🥇