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#02 #LLVR [a Like Love within a Virtual Realm]

「最近アインのやつあの子とばっか喋ってる」
「やきもちか?」
「いや別に、そんなんじゃないし」
 そう言うスリーの顔はデフォルトの表情のままだが、声色がどう聞いても口を尖らせていた。普段からジト目のせいでずっと拗ねているように見える。頭から生やした羽根はスリーが俯くたび下を向く。傍から見てスリーがアインのことを好ましく思っているのは火を見るよりあきらかだったし、アインが初心者連れてきたと言ってノルちゃんを紹介したときなど普段よりも口数少なにさっさと早めに落ちてしまった。スリーの好意にアインは気づいているのかいないのか――ノルちゃんへの態度を見ると本当に気づいていないように見える。あるいは気づかないフリをしているか――普段通りにスリーに話しかけることも、スリーは面白くないようだった。せっかく外の気候も暖かくなってきて春の陽気に浮かれる時期だというのに、スリーは浮かれるどころか地の底に落ちているようだ。
「告っちゃえばいいのに」
「……無理だよ、どうせ、あたしなんか」
 やきもちは立派に妬くくせに、自分への自信のなさに彼女はいつもそう言って逃げる。その自信のなさ故か彼女は人一倍改変をしていた。薄紫色で統一したアバターたちはいわゆる地雷系っぽいものが多いが、それも『アインの好みのアバターを作ってもアインに刺さらなかったら悲しいから』という理由でそうなっているらしい。どれだけ自分に自信がないのやら。リアルでも逃げてばっかりなのだろうかと若干心配になる。その選択をし続ける限り幸せにはなれないだろう。
「ディーはいいよね、良い相手いてさ」
「まーねー」
 彼女の嫌味を嫌味と気づかないよう返すと彼女はさらに機嫌を悪くする。けれど知ったこっちゃない。お前がさっさと自分の気持ちに素直になって告白しないから悪いんだろ、とは何度も言ったがでもだってで返してくるのでもう言うのは諦めた。
「……せっかく、前の彼女と別れたのに」
「お前が別れさせたんだろ」
「……そんなことしてない」
「ふーん?」
 アインの元彼女に対する態度はあからさまなものだった。酷いときはわかりやすく無視なんかしていたし、それまで無理だとか言っていたくせに彼女ができた途端アインにわかりやすくくっつくようになり、それが原因かは本人たちの知るところでしかないがアイン達は別れてしまった。
「お前、性格悪いもんな」
「……んなことないし」
 多少の自覚はあるらしい。アイン達が別れた後なんでお前が病むんだよ、とさんざんつっこみをいれたものだ。嫌がらせをするなら徹底的にヒールに徹すればいいものを、変な罪悪感など持ってしまうからわけのわからないことになる。今回はさすがにその反省を生かしてかそこまで積極的な行動をとってないものの、こうして俺へ吐露する愚痴は相変わらずのものだ。
「さっさと告白して玉砕して来いよ。病んだお前めんどくさいんだから」
「……なんで玉砕前提なのよ……」


「なんで希望があると思ってんだよ」
「――」
 こいつも変な女だ。俺に愚痴ってもそうかそうか可哀想だねなんて答えは返ってこないのに、いつも俺にこぼすのだ。まあ多分、他のやつにこぼせるような内容じゃないってことは自覚があるからなんだろう。
「スリーくん、さっさと告白してきっぱり振られたまえ。そんでバリスやめちまえ」
「振られただけでなんであたしがやめなきゃいけないのよ」
「向いてないだろお前、このゲーム。リアルの人間関係で鍛えられて来い」
 むぐ、と彼女は言葉を詰まらせた。リアルでは異性との距離がそもそも遠い。このゲーム内での距離感で異性に接することはできない。だから彼女がこうしていられるのは、バリスでの独特の距離感によるものだ。だが結局その距離感だって、大切にしなければ人間関係をあっさり壊してしまう。その経験があるのなら、それを生かせと俺は思うのだが。
「あたし、は、……アインのこと、本気、なんだよ」
「本気でそれなら厄介なことこの上ないだろ。絶対お前束縛するタイプじゃん。もしアインにお前のこと相談されたらアインの友達としてお前と付き合うのは反対するね」
「……ディー、あたしに対してひどくない? なんでそんなこと言うの」
 スリーの声は少し湿っていた。これもよくあることだ。
「そういうお前こそなんで酷いこと言われるってわかってて俺に相談すんだよ。俺はお前の味方はしないって前も言っただろ。俺はアインに幸せになって欲しいの」
「あたしそんなにだめなの」
「だめだろ。少なくとも俺はだめって言う」
 ううぅ、と彼女は涙を流している素振りを見せた。ただVRヘッドセット越しではそれが演技なのか本当なのかはわからない。この噓泣きのような泣きっぷりも何度か見てきた。
「俺はだめだと思うけど、アインがそんなお前が好きだってもしも言ったなら応援してやるよ」
「……うん」
 ぐすん、と彼女は鼻を啜った。全然慰めの台詞になっていないのだが、彼女はこう言うと大抵泣き止む。おそらく都合のいいところだけ切り取って聞いているのだと思う。
 ポーン、と入室音がして、アインと、それからノルちゃんがやってきた。
「お、二人ともおつーぅ」
「おつかれー」
「おつかれさまです」
「……おつかれ」
 スリーは泣き声を誤魔化すためか、少し咳払いをした。
「なに、一緒にどっか行ってたの?」
「良いワールドを見つけたので、一緒に写真撮ってたんです」
 ふふ、とノルちゃんは柔らかに笑った。この子は読めない子で、アインのことをどう思っているのか聞きづらい。一度聞いてみたが、嫌いではないですけど、と誤魔化されてしまった。アインはアインでまたよくわからない。初心者案内をすることはときどきあるものの、こうしてずっと一緒に居るのははじめてだ。アインにも聞いてみたが、悪い子じゃないしね、とのことだった。ふうん、と返して、まあ幸せになれよ、と伝えると、なりたいね、と彼は少し遠い目をして呟いていた。
「いいねー。良い写真撮れた?」
「撮れた撮れた。あとでアップするよ」
「お、楽しみにしてよー」
 スリーはわかりやすく黙り込んでいる。二人で写真撮ってきた、なんて、妬かないわけがない。いいなぁあたしも行きたかったなぁ、くらい言っとけばいいものを。
「ディーさんたちは、何お話しされてたんですか?」
「んー? スリーの恋愛相談?」
「ちょっと!」
 スリーが声を大きくし慌てて俺の頭をはたいた。バーチャルなので痛覚などなく痛くはないが、いてぇな、と返して冗談だよと笑う。
「スリーさん、好きな人、いるんですか?」
「いや、別に……」
 ノルちゃんからの問いにスリーは多分今VRヘッドセットの下できっと苦虫を嚙み潰したような顔をしていることだろう。というかノルちゃんはスリーがアインに惚れていることに気づかないのだろうか。そうだとしたらこの子は相当鈍感ということになる。
「冗談冗談。俺の惚気話」
「え、ディーさんの惚気話とか興味あります」
「ええー恥ずかしいなー」
 ははは、と笑って適当にその場を誤魔化す。ここで『スリーがアインのこと好きらしくてさー』なんて言い出さない辺り感謝されてもいいと思う。本当に俺の性格がクソだったならもうとっくに言い出しているところだ。
「今度みんなで恋バナ集会でもするかぁ」
「いいですね」
 楽しそう、とノルちゃんが笑う。実際多分殺伐としてしまって絶対楽しくないだろう。こんな口から出まかせばかり言っていてはいつか虚言癖でもあるんじゃないかと疑われてもしょうがない気がする。
「てかノルちゃん新しい改変じゃーん。春用の服?」
「はい。それもあって、写真撮りたくて」
「かわいいっしょ。この衣装ノルちゃんに似合うなと思って」
 新しい春服の衣装を着ているノルちゃんの頬をアインは自然と撫でた。ノルちゃんはそれにふふと笑って返す。傍から見て付き合っていると言われても違和感ない所作だ。
「なに、プレゼントしたの?」
「いや? 教えただけ」
 アインがノルちゃんにどれだけ好意を持っていて、そしてその好意はどんな種類のものなのか。スリーの件はさておき聞いておくべきな気がする。正直に教えてくれない可能性の方が高いが。
「ごめん、今日は、落ちるね」
 スリーはなんとかそれだけ声を絞り出したようだった。
「おう、おつかれー」
「おつかれさまです」
 すっと彼女が消えた後、アインとノルちゃんが同時に俺の方を向いたのには笑ってしまった。
「なんで俺の方見るんだよ」
「いや、スリーの様子、なんかおかしくなかった?」
「あいつもいろいろとあるんだよ」
 お前のせいでな、という言葉は、なんとか飲み込んだ。


「お前、ノルちゃんのことどう思ってんだよ」
 今日はFPSしようぜ、とアインを誘い、二人だけの通話で敵を撃ち殺している最中、さらっと聞いてみた。
「前も言わなかったっけ」
「聞いたけどさ。そっから心境変わってないかと思って」
「いい子だと思うよ」
「それだけか?」
「今は、そうかな」
 バシュバシュと弾を打ち、敵へのダメージ数値が上がっていく。
「スリーが妬いてたぞ」
「知ってる」
 知ってるのにそれか、と俺は呆れた。
「あいつの愚痴を聞く俺の身にもなれよ」
「そう言われてもな。一人撃破」
「こっちもだ」
 武器の構えを解除して前線へと進む。
「今はまだわかんないな。でももしノルちゃんから告白されたら受けるだろうな」
「いいのかよ。スリーがまた暴走するぞ」
「その素振りがあったら教えて欲しいな。俺から言うから」
「なんだ、前のとき知らなかったのか」
「いや、言ったよ」
「え?」
 俺は一瞬銃を撃つ手を止めた。
「いつ?」
「別れる一週間か二週間前かな。彼女が困ることはやめてくれって。でもだめだったね」
「そうだったのか」
 彼女を守ることもできない腑抜け認定をしてすまん、と俺は心の中で謝った。
「んで別れたと」
「俺から別れた」
「まじかよ」
 俺の集中力はアインの話のせいでそぞろになっていた。
「俺の友達が彼女を傷つけるのが申し訳なくて、でも彼女と孤立するのも俺はできないなって思ったから」
「つまりスリーの方が大事ってことか?」
「いいや。スリーとかディーとか他の皆、今俺がつるんでる皆と彼女一人を天秤にかけたら、彼女だけを選ぶのは無理だと思ったから。撃破。次のエリア行こう」
「……おう」
 つまりこいつの中では恋人ランクの人間より友人ランクの人間の方が重要なのだ。優先順位の問題だった。ただそれだけだったのだ。
「ディーみたいにリアルで恋人作ればいいんだろうけど」
「アインならできるだろ」
「どうかな。結局それも友達が大事ってことでダメになりそうな気がする」
「確かに。よっぽど理解のある彼女じゃないとな」
「そういうこと。よしクリア」
「おめでとおつかれ」
「おつかれ」
 ふぃーと大きく息を吐いた。結局スリーもアインにとっては、残念ながら大事な友人というわけだ。カチカチとゲーム画面のリザルトを飛ばして、別ウインドウのSNSを覗く。
「……お前、またスリーが病みそうなものを」
 そのSNSには、元カノと付き合っていた時に使っていた男アバターで撮ったノルちゃんとの写真が上がっていた。
「お前もしかしてスリーのこと嫌いか?」
「恋愛関係が絡んだときのスリーは苦手かな」
「じゃあなんでこんな写真撮ったんだよ」
「……ノルちゃんがさ、嫌な思い出が詰まったアバターなら良い思い出で上書きしましょうって言ってくれて」
「……お前、ノルちゃんのことだいぶ好きだろ」
「そうかもね」
 そう言ったアインの声は、まるで中身のない風船のような軽さだった。

No.02

妬けて燃える火の粉を払うように
彼女の頭を払ってみる
パラパラと見えるのは火の粉のような
彼女の嫉妬の爪の跡たち
そんなに人に恋していて
そんなに人を愛していて
だからこそ苦しんでいて
彼への想いという薪を割り
恋の炎に薪をくべ
舞い散る火の粉は嫉妬の礫
その身を焼いて煙を吐いて
随分と苦しそうな生き方だ
けれど同時に彼女らしい
そんな不器用な生き方をして
恋だけが生きることではないのに
命を削るような恋をして
内側に棘を生やしてしまった薔薇みたいだ
伸びれば伸びるほど傷ついていく
つい目を向けてしまうその姿
それは美しいというより痛々しく
だからといって醜くもなく
ただそこにある 燃えながら咲く薔薇の花

挿絵:深水渉(https://x.com/wataru_fukamizu

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