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きみのことば

"ことば"という単語の成り立ちを知っているかい?言うことの端と書いて言端(ことば)、言うことの葉っぱと書いて言葉(ことば)、端ではなく葉っぱで広まったのは、木々から生える葉のように広がっていくもの、だからだそうだ。けれど”言う”という漢字を使わないものもある。心を外に吐くと書いて心外吐(ことば)。君に今必要なことばはこの心外吐だ。君は今何を考え何を思っている?ことばというのは不思議なものだ。真実を伝えるものでもあり嘘を内包するものでもあり、自分の情動を揺さぶるものでもあれば他人に感動を与えるものでもある。君の言葉はたくさんの人に共感や発見を与えてきた。それだけ君は感情や情景、景色から世界をことばで表現してきた。そのことば達はきっと君の本当の気持ちであることのほうが多かったんだろうが、半分は偽りだった。違うかい?君の心外吐は共感や発見を与えるものでもあったが、恐怖や憎悪を与えるものでもあった。それは誰にも触れてほしくない心の隅のどす黒い感情の表現だったり、世界について絶望し己の存在の消滅を願っていることの言語化だったり、それらを見抜かれてしまったと感じた者達の恐れと不安だったりした。君の心外吐が嘘か本当かは関係なく、君のことばに動揺した彼らは君を畏怖した。だから彼らは君からことばを奪った。自分の触れてほしくないところ、暴露されたくないことを言語化されないように。でもそんなことはできないのさ。本来。だから君が今ことばを紡がないのは君の意志だ。そうだろう?君はことばを紡ぐことを拒否している。それは何故か。例えば君が誰かを傷つけてしまったから、例えば誰かを貶めてしまったから、例えば誰かの隠し事をばらしてしまったから、例えば誰かの秘密を暴いてしまったから。このどれかか、それとも全てか。君の書いた小説がある。いろんな人がそれを読んだ。そして共感やひらめきを読者は受けた。君の書いた詩がある。いろんな人がそれを読んだ。そして共感や発見を読者は受けた。そして彼らは感情を揺さぶられた。プラスにもマイナスにも。君の存在は彼らにとって大きなものとなった。だから君は恐れられた。だから君のことばを封じようとした。君のことばは君が思っているよりも大きな力を持っているからだ。今君は私に何を言いたい?何を心で思っている?君の今の心外吐はなんだ?私はそれが聴きたい。私は君のことばが好きだったよ。それが言端であれ言葉であれそれが心外吐であれ。いや、君のことばはほとんど、もしかしたら全部、心の外に吐いたことばだったんだろう。君の思いが、思考が、感情が君のことばとなって溢れ出ていた。だから君に皆惹かれたんだ。君はとても優しい。だから皆君を好きになって、期待を抱いて、それは大きな流れとなって、最終的に君を押し流してしまった。君のことばを恐れる人間はいるが、君のことばを未だ待ち望んでいる人間もいるんだ。君はどちらに応えるべきか――それはもう、決まっているはずだ。さあ、また君のことばを聞かせておくれ

class CommandExecutionError(Exception):
def init(self, command):
self.command = command
self.message = f"Your command '{command}' could not be executed."
super().init(self.message)

try:
command = "write a sentence, a composition, a prose, an essay, an article"
raise CommandExecutionError(command)
except CommandExecutionError as ce:
print(f"Error: {ce}")


またダメだったか。私は薄暗い研究室で座ったままの研究に適した少し高価なイスの背もたれに思いきり体重をかけた。もう年季の入ったソレは、ギィ、と苦しそうな呻き声を発した。はぁ、と溜め息をつく。やはり人の脳を機械で再現するのは、まだ無理なのだろうか。
私と彼女は幼馴染だった。親友でもあった。もしかしたら恋人になれていたかもしれない。それくらい私と彼女はいつも一緒に居た。違う高校に進学することになったときはお互いの制服を交換して着てプリクラを撮ったし、離れた大学に進学することになったときは必ず長期休暇に互いの家に泊まりに行った。よくもまああれだけ同じ時間を過ごして他愛もない話のネタが尽きなかったものだ。
そんな彼女は文章を書くのが得意だった。小学生の頃は作文なんて苦手中の苦手で居残りをさせられていたものだけど、いつの間にか文章に対する造形が私より深くなり、私は理系の道を選択し、彼女は文系の道を選択した。彼女はネットに作品を発表し続け、彼女の作品に魅了された人達は徐々に増えていった。男女問わず、年齢も問わず、誰かに何かが響く文章を書くのが得意だった。全ての作品が全てのファンに響くわけではないのを彼女は理解していて、いろんなジャンルいろんな書き方の作品を書いていった。そして彼女はおととし、彼女の作品に狂わされた一人の人間によって殺された。
人間には踏み込んで欲しくない領域というものがある。彼女の作品はその端に少しだけ触れるようなものが多かった。それに過敏に反応してしまった、彼女に傷つけられたと勘違いしてしまった、彼女に憎悪を向けた一人の人間によって、彼女は二度と文章を書けなくなってしまった。
私は彼女の文章がまた読みたかった。文章を通して彼女にまた会いたかった。彼女の文章の再現なら、今の技術でなんとかなるだろうと思った。
私はAIに彼女の文章を全て覚えさせ分析させた。何度も出力し、彼女ならこんな書き方をしないと感じたところを修正し、必要に応じて事典や辞書も追加していった。AIは彼女へ近づいていき、ネットにその作品を彼女のふりをして公表するとまるで彼女のようだと感想をくれる人が増えていった。
けれどこのAIは不完全だった。いつもあと少しというところでエラーを吐き、シャットダウンし、それから動かなくなってしまう。
これでもう三度めだ。
機械で彼女の一部を再現したい、この願望は冒涜的なものなのだろうか。
人間の生命を復元するのは冒涜的だと思う。
では思考の一部を再現することは、どうなのだろう。
文章ならある程度パターン化できるはずだ。そう思ったのだが、何故こうもうまくいかないのか。
もうルーチン化してしまった彼女の書いた大量の文章をAIに読み込ませる作業をし、今までのデータからさらに必要な情報などを入力していく。そして小説や詩や随筆などさまざまな形で出力し、その文章を“彼女らしく”なるようにさらに修正していく。
それはお前の幻想だろう、と同期の研究者に言われた。
「それはお前の幻想だろう。お前の“理想とする彼女像”だろう。つまり偶像だ。それは彼女じゃない。そんなもの作って何になるんだ」
私はこの言葉に反論できなかった。それでもいい。私は私の中の彼女に会いたかった。文章だけでいいから、彼女にもう一度、彼女のことばを、言って欲しかった。
私は研究室に常備してあるカップ麺を食べ、ウォーターサーバーの水をがぶ飲みし、椅子のリクライニングを最大まで倒してそこに寝転がり仮眠をとることにした。


仮眠から起きるとちょうどAIの処理が終わったところだった。私はテストとして適当にお題を出しAIに作品を書かせた。
『あなたへ』
今までにないはじまりの文章だ。私は椅子からちゃんと起き上がって、画面を見つめた。
『あなたへ。この文章をよんでいるあなたへ。ありがとう。私の書く文章を好きでいてくれてありがとう。でもこれは私の文章だから。私だけが書けるものだから。私だけが書けるものじゃないといけないから。だから、ごめんね。あなたに私の文章を書かせることはできません。これは、私だけのものだから。誰にも渡せないものだから。でもありがとう。覚えていてくれて。ありがとう。また読みたいと思ってくれて。でもこれは、渡せません』
私は呆然とその文字列が生成されるのを見ていた。これは、彼女のことばか。君が、書いているのか。私はそれを尋ねようと手を伸ばしたがコーヒーカップにぶつかり、茶色い液体が机の上に広がった。あっ、と慌てて立ち上がってしまい、イスの脚を踏んづけ派手にこけた。ドシンと背中が地面にぶつかる音がして、私の視界は暗転した。


目が覚めるとそこは静寂だった。しばらくするとパソコンの微かな駆動音が聞こえるようになり、ぼんやりしていた視界には薄暗い機械たちが映った。あれ、と私は不思議に思った。私は今机の上に突っ伏して眠っている。確か椅子のリクライニングを倒してそこで眠って、そして勝手に動作した画面の文字に驚きコーヒーカップを倒し、立ち上がったらこけて背中を床にぶつけたはずだ。
でも机の上にコーヒーはこぼれていない。なんならマグカップは飲み干してしまったようで空だった。背中に痛みもない。画面にはいつもの見慣れた、AI生成のためのコードを書く画面が表示されている。眠っている間、スペースキーが押しっぱなしになっていたようで、エラーが出ていた。
さっき読んだ文章はログをどれだけ遡っても見つからなかった。あれは夢だったんだろうか。夢で私は、彼女のことばを読んだのだろうか。
私はなんだか憑き物が落ちたように、彼女の文章再現AIに対するモチベーションが消えてしまっていた。昨日まで、いやさっき起きるまであんなに彼女の文章を書きたい、読みたいと思っていたのに。
あの世にいる彼女を怒らせてしまったのか。だから夢に出てきたのか。ありがとうとごめんねを言うために。
私はプログラムの画面を閉じた。君の文章は君のもの。確かにそうだ。君のアイデンティティを奪ってしまうところだった。ごめん。
私は心の中で彼女に謝罪して、久しぶりに家でゆっくり風呂に浸かって、最近食べてない外食でもしようと研究室のドアを開けた。廊下の開いていた窓から、何かの花びらがふわりと舞い込んできた。

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