見出し画像

山寺紀行

「山寺に一回行ってみたいですね」

東京に着いた夜、旅好きの義弟とお酒を飲みながら話していた時の何気ない一言が胸に響いた。

今まで訪れた事がない山形県。昔から憧れていた東北地方。。

その2日後、偶然にも休みが出来たので早朝のラッシュが始まる前に東京駅に向かい山形行きの切符を購入した。

山寺とは山形県の立石寺の通称で、松尾芭蕉ゆかりの寺としても知られ、かの有名な
『閑かさや岩にしみ入る蝉の声』
はこの地で詠まれた。

山寺の最寄駅は山形から仙台に抜ける仙山線にある。ここに向かうには東京からだと東北新幹線で仙台に出るか、山形新幹線で山形駅まで行くか、がまず最初の選択になる。今回は山形駅へ向かい、そこから仙山線で山寺へ向かうルートを選んだ。

一昔前、数多くの特急、急行が昼夜を問わず走り抜けていた東北地方には幼少の頃よりなんとも言えない憧れがあった。同時に東北各地の独特の風土、文化にも自然と興味が湧いてきて図書室で東北地方の本を探して読み漁っていた記憶がある。

その後、年を重ねていっても残念ながら東京以北に行く機会はなかなか訪れず、5年ほど前に寝台特急『あけぼの』が廃止される少し前に上野から秋田まで乗車したのが東北の地を踏んだ唯一の経験となっている。

余談だが、鉄道好きとしては新幹線の延伸は何とも残念に感じる。というのも新幹線が通るという事は、大概の場合その地を走っている在来線特急が姿を消すという意味に等しいからだ。懐かしい国鉄時代の面影を残す列車が年々無くなっていき、未来的なデザインの列車が駆け抜ける様は今でも複雑な感情がある。とは言え実際に利用する立場になると、快適に速く移動できるメリットは計り知れないのでその恩恵に預かっているのだが。。

かつて上野と山形を結んでいた特急『やまばと』だとこの区間はおよそ5時間弱を要したのに対し、今は3時間かからずに移動することができる。おかげで日帰りで出かけることも十分可能になった。

東京から仙台に向かう東北新幹線の列車は数多くあるが、山形行きの新幹線『つばさ』は1時間に一本程度しか走っていない。東京駅に着いたのが朝の7時前。7:12発の『つばさ』の切符が買えると思っていたが、あいにく満席で1時間後の列車を待たなければいけなかった。

今の東京駅には東北、上越、北陸など各地から新幹線が乗り入れていて、さながら昔の上野駅のような賑わいになっている。どうしても無意識に国鉄時代の雰囲気を探し求めてしまうので、どこか物足りない感じはするが、それでも全国各地の行き先が並ぶ発車案内表示を見ると胸が高まる。

この日(2019/2/15)の東京は寒く、駅のホームで震えながら列車を待っていると小山からの『なすの』が入線してきた。

紫を基調としたこの車両が折り返し山形行きの『つばさ』になる。途中の福島までは東北新幹線『やまびこ』と連結して向かう。

前日の夜が遅かったこともあって乗車して間もなくうたた寝をしてしまい、目が覚めたら福島駅に着いていた。

山形新幹線は福島からは地上を走る『ミニ新幹線』となる。ミニ新幹線とは新たに路線を敷くのではなく、既存の在来線路線に乗り入れるタイプの新幹線のことである。新幹線と在来線は線路の幅が違うので、導入には色々手間がかかるようだが、この区間は在来線の線路幅を拡張し新幹線に合わせて使用している。

ただカーブや勾配など様々な理由でスピードをあまり出すことはできないので、この区間は新幹線とはいえ130km/hを超えることはない。福島から山形までの約90kmほどに主要駅に停車しながら1時間15分を要する。

福島で併結していた『やまびこ』と離れ、高架区間から降りて山形を目指す。

ここから一気に東北らしい雪景色になった。


次の米沢を過ぎると乗客もまばらに。窓際に座っていると外からの冷気で身体が冷える。同時にあまり見ることのない雪景色を目の当たりにして、いよいよ東北に来たという実感が湧いてきた。かつて『つばさ』や『やまばと』、『あけぼの』といった憧れの特急列車も駆け抜けたであろう風景を眺めながら山形駅を目指す。

雪景色の中に時折見える小さな街の駅に停車しながら、住宅が増えてきたな、と思っていたら間も無く山形駅に到着。

50分の乗り継ぎ時間を経て仙台行きの仙山線に乗り込む。しばらくは新幹線と並走するがやがて右側にカーブを切って一路仙台方向に向かう。山形駅からわずか20分ほどで目的地の山寺駅に到着した。

駅のプラットホームから正面の山を見上げると絶壁にお堂があったり、山際に所々建築物があったりと、これから向かう山寺が見える。

実際に山寺まで行けるのか?雪の影響が気になっていたが、駅前に出ると幸いひどい積雪はなさそうなので、なんとか行けるかと思いまずは参道を目指す。

参道の入り口に登山口と書かれていた。
奥の院まで1015段の階段を登らないといけないので確かに登山口といった表現の方が違和感がない。

山寺、すなわち立石寺は860年、清和天皇の勅願によって慈覚大使が開いたとされる天台宗の寺である。

最初の階段を登りきると目の前に現れる根本中堂が立石寺の本堂である。

ここでは開山の際に本山延暦寺より分けられた伝教大師による”不滅の法灯"を今も拝することができる。後に延暦寺は織田信長によって焼き討ちにあったため、再建された後の今の延暦寺の"不滅の法灯"はここから火を分けたものとされる。

一面の雪景色ではあるが、この辺りは平地で足元はしっかりしていて歩きやすい。やがて山門が姿を表す。ここが奥の院までの登山入り口となる。

山門で拝観料を支払っていよいよ本格的な山道へ。

「足元が滑るので気をつけて下さい」と言われた通りここからが想像以上の難所となる。

天気は良かったので日当たりの良い箇所は雪が溶けていて歩けたが、木陰は雪が積もったままで、さらに氷のように表面が固まっている。普通に足を置いて地面を踏みしめるのは全く不可能な状況になっていた。

やむなく手すりを伝って腕で体を引き上げながら歩を進める。とにかく足を置けそうなところを探して、少しでも負担を軽減させながらなんとか前に進む。

転倒しないようにするのに必死で、あいにく周りの景色を見渡す余裕もないままにひたすら上を目指した。

集中して登ったせいか、意外と早く山頂の奥の院に到着。山門から約30分程度の所要時間だった。

奥の院は冬場は閉まっているので中は拝観できなかったが、静寂に包まれた中に氷麗が溶ける音が響き、なんとも言えない幻想的な感覚を味わうことができた。この光景に身を置けただけでも苦労して登って来た甲斐がある。


下山途中に少しだけ道を外れ、五大堂に立ち寄る。ここのお堂は断崖に突き出すように建てられていて眺望が見事である。雪化粧した美しい山寺周囲の風景を一望できた。

山頂の眺望と静寂を楽しんだところで下山の時間がきた。

通常の登山であれば下る方が足に負担がかかるが、今回は完全に凍結していたところを滑り降りるだけだったので、速度が出過ぎないようにさえ注意すればよかった。階段を背にして手すりを持ちながら滑り降りると15分ほどで麓まで戻ることができた。

雪の影響でどうしても足元が悪くなるが、美しい雪景色と静寂を楽しめる冬場にこの地を訪れる事が出来たのは忘れられない思い出になるに違いない。幼少の頃より憧れた東北のイメージそのままの光景がここに実在していた。

次はどこに行こうか。。
会津若松、松島、出羽三山、平泉、八戸、、、
東京に戻る列車の中で早くも次の東北の旅へ思いを巡らせていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?