ショートショート「スタジオカプセル」

「ここで合ってるのかなぁ。」
僕は、昨日行きつけのバーで教えてもらったこの少しさびれたスタジオにやってきた。

僕はバンドマン。
といっても自費でCDを作ってライブで手売りしている。いわゆる "売れないバンドマン" だ。
高校の同級生4人で上京してきたもののバイトに明け暮れる日々。

「もう今年で終わりにしようかなと思ってるんだ。」
と行きつけのバーのマスターに相談すると
「たまには場所を変えてみるのも良いものですよ。」
とここを教えてくれた。

受付をすると部屋の鍵と一枚のコインをもらった。
「このコイン以外入れないでね。詰まっちゃうから。じゃあごゆっくり。」
受付のおばあちゃんから受け取った鍵で部屋に入ると真ん中にポツンとガチャガチャが置いてあった。

【専用コイン以外入れないでください。詰まります。】
「相当詰まってるんだな。」
早速さっき受け取ったコインを入れ、ガチャガチャを回した。
ガチャガチャガチャガチャ。赤いふたのカプセルが１つ出てきた。

開けると中には１枚の紙が入っていた。
【テーマ:情熱　ターゲット:20代　キーワード:ロボット.ゴミクズ.コロッケ.バスタブ.焼豚】

「なんだこれ？」と思っていると裏にも何か書いてあることに気がついた。

【騙されたと思ってやってみて騙されたことあるかい？このテーマ、ターゲット、キーワードで作ってみたら？】
「騙されたことあるわい！」と思いながらもう一度紙を裏返す。うん。このキーワードでは曲は作れない。作れるわけがない。マスターにからかわれたと思った僕はその紙をゴミ箱に捨てて部屋から出た。
「早いわねぇ。楽しみにしてるわよー。」
何が楽しみにしてるだ！どいつもこいつも僕を嘲笑いやがって。あー、もうバンドなんてやめちまおう。

【〜こんなゴミクズみたいなバスタブで俺は一体いつになったらロボットから抜け出して焼豚とコロッケを腹一杯食べれるようになるんだろう♪】
「今週の一位「アランドロンきつね」で「ロボット焼豚」でした。いや〜この曲若者の間でバズりまくってるよね〜。僕も20歳の甥っ子いるんだけどなんで知らないの？って言われちゃったもん。なんといっても若者に語りかける熱い曲なのがいいよねぇ。
それでは続いて明日のお天気です…」

バイト先のラジオから聞こえてきた曲はあの紙に書いてあったヘンテコなキーワードで構成された熱い曲だった。
「あ、ちょっと！どこ行くの！」
気づいたら僕は少しさびれたスタジオの前にいた。


「このコイン以外入れないでね。詰まっちゃうから。じゃあ今度こそ、ごゆっくり。」

【専用コイン以外入れないでください。詰まります。】の紙には目もやらずコインをセットする。
ガチャガチャガチャガチャ。
青いふたのカプセルが１つ出てきた。

開けると中には
【テーマ:感動　ターゲット:40代　キーワード:パソコン.スリッパ.ロングコート.トング.ティラノサウルス】と書かれており、裏には
【騙されたと思ってやってみて騙されたことあるかい？このテーマ、ターゲット、キーワードで作ってみたら？】とお決まりの文字が書かれていた。

僕は書いた。こんなキーワードで人を泣かせるとは思えないが書いた。このキーワードとキーワードが繋がるわけがないが繋いだ。曲ができた。
「今度こそ楽しみにしてるわよ。」おばあちゃんはにっこり僕を送り出してくれた。

「さぁ今年の紅白も盛り上がっております。続いては、今泣けると話題のこの曲です！「満更でもない」で「ロングコートティラノサウルス」。」
僕は、テキトーに並べられた歌詞が詰め込まれたこの曲を、今日も涙を流しながら僕から湧き出ているかのように歌っている。