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学校に必要な新型コロナの基礎知識

学校には「学校保健安全法」があり、生徒の健康を守るのは国と地方公共団体の責務である。だから適切な指示が文部科学省や教育委員会、学校長などから出されており、それに従うだけで万全だ。改めて、学校向けの感染症対策マニュアルとしてまとめる必要はないだろう。
しかし、その適切な指示も、基礎知識がなければ、解釈を間違えることがある。指示を正しく適切に理解するために必要な感染症の基礎知識をまとめておく(周知すべき情報と考えるので、無償公開する)。

「療養期間」を正しく把握する

生徒が感染した場合の療養期間も誤解されていることがある。学校保健安全法施行規則に書かれている内容は

  • 発症後5日が経過し、かつ

  • 症状が軽快した後1日が経過するまでは出席停止

である*1。「6日目に出席しないと欠席扱い」は誤りだ。たとえ8日目であっても、症状が残っていれば出席停止である。また、発症後5日とは、発症日を0日として5日間だ。

粒子計とCO2計で確認しながら空気を清浄に保つ

換気が励行されているし、空気清浄機が設置された教室も多いだろう。感染性のある菌やウイルスが浮遊していても、換気や空気清浄機で空気の質を保てば、感染リスクは激減するからである。そしてこの二つは、センサーで確認できる。
粒子計で浮遊するIRPs(感染性呼吸器粒子)が少ないことを、CO2計で換気ができていること(目標は700ppm以下)を確かめながら、適切に換気や空気清浄機を使う。

換気は最高の空間除菌

教室は人数が多いので、感染者が紛れ込んでいると感染リスクは極めて高い。というのも、人が多いと呼気が増え、CO2濃度が高くなるからである。新型コロナウイルスは空気中のCO2濃度が高いと感染性を長く保つ。
換気でCO2濃度を下げると、ただそれだけで浮遊するウイルスが急速に感染性を失う*2。換気でウイルスを追い出すだけでなく、失活させることができるのだ。教室のように換気しやすい部屋なら、高価な空間除菌システムは不要である。

空気感染・飛沫感染・接触感染すべての対策が必須

もう「新型コロナ対策」の時代ではない。インフルエンザ、溶連菌感染症やRSウイルス感染症、手足口病、マイコプラズマ肺炎など、生徒(以後、園児も含めて「生徒」と書く)の間で複数の感染症が同時流行しているからだ。
これは新型コロナ感染で、生徒の免疫がダメージを受けてしまうためである。感染しやすい身体になっているのだ。もはや、飛沫感染だ空気感染だなどと個別対応をするような状況ではない。空気感染・飛沫感染・接触感染に対する総合的な対策が必須である。
空気感染対策で有効なのはすでに述べた換気と空気清浄機だ。接触感染で有効なのは、頻繁な手指衛生である。ほとんどの感染症が、手を経由して目・鼻・口から感染する。手を洗うだけで、多くの病気の感染リスクが下がる。学校なら、休み時間のたびに手を洗う習慣にするといい。

ノーマスクなら飛沫対策が重要になる

繰り返すが、教室の問題点は人が多いことである。それだけ飛沫が多くとび、IRPsとCO2が増える。なかでも気にすべきは、ノーマスクにした場合の対応だ。全員がマスクをしていたときとはがらりと状況が変わる。
最大の変化が、飛沫がとびまくり、環境の全体が汚染されるということだ。ノーマスクの生徒が「ハイッ」と声を出して手を挙げただけで、飛沫が周囲にとびちっている。発症寸前の生徒なら、その飛沫に大量のウイルスが含まれている(全員がマスクをするなら、マスクで飛沫が止まるから、このような汚染は生じない)。
生徒たちのマスクをとれば、授業中にも身体中にウイルス飛沫がふりかかるし、当然、手に菌・ウイルスが付着する。手指衛生の頻度を高くして対抗するしかない。

教師こそマスクを

教室で最も大きな声で、長く発話しているのは誰だろうか。間違いなく教師である。もうこれだけで、教師がクラスターの感染源となる確率が高いということだ。新型コロナウイルス感染症は、発症前からウイルスを大量に吐出する病気である*3。授業をする元気な教師が、教室の全体にウイルス飛沫をふりまいていることがある。
教師こそ、マスクをするほうがいい。教室のクラスターが減るはずだ。そしてこれは本人のためでもある。
ウイルスと闘うのは免疫で、免疫がすみやかに侵入してきたウイルスを撃退できれば被害は小さい。逆に、撃退に失敗して、体内で大量増殖を許してしまうと、重症化したり、後遺症が残ったりしやすくなる
ひとつの感染細胞で1,000倍に増えると言われているから、早期に撃退できない場合、数日で体内のウイルス数は千単位ではなく、兆単位になる。そして敵の数があまりに多いと、免疫は対処しきれない。下手すると暴走スイッチまで入る(サイトカインストームが起きる)。
こうした事態を避けるには、初期感染細胞数を減らすのが効果的だ。火事と話はまったく同じである。一か所ならボヤで消し止められても、市内で火災が同時多発したら、全焼するところが何か所も出てくる。
そして、初期感染細胞数を減らすのに最も有効な手段が、きちんと隙間のないようにマスクをすることだ。同じ感染してしまうにしても、侵入ウイルスの数が少なければ少ないほど、軽症で済む可能性が高くなる。当然、鼻だしマスクはまるで意味がないから要注意である。
なお、「マスクで顔の表情を隠してしまうと、子どもの発達に悪い影響が出る」という話があるが、確かめてみると正反対で、むしろマスクをするほうが、子どもの表情認識能力が高まることがわかっている。幼児を預かる保育士も、堂々とマスクをして問題ない*4。

問題は落ちた飛沫のゆくえ

新型コロナウイルスの感染力は極めて強く、最近の変異体は麻疹よりも感染力が強いと言われている。防護服で身を包んで徹底対策をしている医療陣が感染してしまうのだから、推して知るべしである。
この感染力の構成要素は複数ある。無症状でもウイルスを吐出していることが大きいが、モノの表面でウイルスが長寿命であることも効いている*5。
「飛沫は大半が落ちるんだから気にすることない」
という人もいるが、床などあちこちに落ちた飛沫のウイルスは長く感染性を保ち、手や衣服に付着して接触感染を引き起こすほか、完全に乾燥すると空気中にIRPsとして浮き上がって感染源となる。
学校の場合、とくに飛沫感染対策が必要なのは、給食と掃除である。給食は黙食がベストだ。気にしているのは、食事の上にウイルス入り飛沫がふりかかり、それを食べることである。
一般に「胃液でウイルスは不活化される」というが、新型コロナウイルスは口腔でも感染するから、咀嚼中に感染が成立してしまうし、食事中は胃液の酸性度が落ちるので、すりぬけて腸に到達するウイルスも出てしまう*6。
学校の場合、とくに危ないと思うのは生徒による掃除だ。ホコリとともにウイルスも舞い挙げてそれを吸いこむ。
清掃時はマスクをすること
を徹底したい。
飛沫が問題になるのは、じつはトイレでも同じだ。大便中にウイルスが大量にいる場合、水洗で周囲に飛び散り、乾燥とともに浮遊して感染させてしまう。トイレは換気を徹底し、必ず丁寧な手洗いをすることだ。

ノーマスクで合唱コンクールに出る方法

歌唱などで飛び出たIRPsは、2メートル以上にひろがって、遠くの人にも感染させてしまう*8。空気中にひろがるウイルスは、タバコの煙とか、調理中の匂いのようにひろがっていく
だから合唱はかなりリスクが高い。新型コロナ初期の2020年3月8日には、アムステルダム混成合唱団の130人中102人が感染し、4人が死亡するという悲劇もあった*9。合唱コンクールに出るには、それなりの準備と工夫がいる。

まず練習では、面倒でもマスクをしたほうがいい(ダイヤモンド型マスクのように、口元に空間があると歌いやすい)。それも、ハイブリッドでやればいいのである。基本はマスク着用だが、何回かに1回だけをノーマスクでの歌唱にして、すぐに換気をしてその間、休憩するようなやり方だ。
コンクールの本番1週間前からは、全員で生活に気をつける。不要不急の外出を避けるくらいでちょうどいい。会食・外食・カラオケなど感染リスクの高い行動は慎む。その上で、当日は全員が体温測定と抗原検査*10をしよう。平熱で陰性のメンバーばかりなら、その日はずっとノーマスクでも問題はない。
このやり方は修学旅行にも文化祭にも、卒業式にも有効である。

感染後は「養生」することが大事

多くの人が誤解をしているが、療養期間(発症日を0日として5日以上が経過し、かつ症状が消失した日の翌日まで)が過ぎたことは、急性期が過ぎたというだけで、「治った」ことを意味していない
多くの場合、身体の中はボロボロだ。あちこちにウイルスのカケラが残って炎症を起こし、さまざまな細胞が免疫に破壊されている。傷口と話は同じだ。療養期間の終了は「出血が止まりました」くらいの話であるにすぎない。そこから新陳代謝が進み、すっかり修復するまでには、日数がかかる
教師も子どもたちも同じだ。感染後すぐは、養生に徹するべきである。後遺症がないとして、元通りになるには3か月はかかる
とくにスポーツ系の部活動では、顧問・コーチがこの知識を徹底してもらいたい。療養期間があけたばかりの生徒にダッシュを何本もさせたり、「間に合った」といって試合に出したりすると、その生徒の一生が台無しになる可能性もある。静養すべき時期に無理をさせるとLong COVIDを発症しやすくなるからだ。
すでにすぐ試合に出した選手が倒れ、救急車を呼ぶ事態となった事例が出ている。スポーツ推薦で高校に入学した生徒が運悪くLong COVIDとなり、退学するほかなくなった例もある。ともかく、感染した生徒に無理をさせないようにしてもらいたい。

マスクと熱中症は無関係

基本、野外でのスポーツにマスクは不要だが、それは「密」の程度による。2024年のツール・ド・フランスでは、選手に感染してのリタイヤも多く、マスクを着用するチームが目立った。密な状態で先行する選手が感染者なら、後続は感染してしまうのが新型コロナだ。
密になるなら、野外の部活動でもマスクは着用したほうがいい。熱中症が心配かもしれないが、様々な研究でマスクをして運動をしても深部体温があがらないことが確認されているから、マスクは熱中症と無関係である*11。逆にいうと、マスクをとっても熱中症は回避できないから、「暑さ指数」を参考に、部活動を中止したり短縮したりして対応するべきである。

注記

*1
学校安全保健法施行規則第19条第2項(2024年7月時点。今後改正される可能性があることに注意)
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=333M50000080018

*2
cf. Differences in airborne stability of SARS-CoV-2 variants of concern is impacted by alkalinity of surrogates of respiratory aerosol
https://doi.org/10.1098/rsif.2023.0062

*3
「無症状でもウイルスを出す」には2種類の状態がある。第一は、発症寸前の状態だ。第二は、不顕性感染といって、症状の出ない感染をしている場合である。

*4
cf. Lesson learned from the COVID-19 pandemic: toddlers learn earlier to read emotions with face masks
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2024.1386937

*5
通常、ウイルスは宿主を離れると数時間で感染性を失うものだが、新型コロナウイルスは数日間が経過しても感染性を保っている。

*6
新型コロナウイルスはACE2受容体の手引きで感染するのだが、それが腸に多いことがわかっている。Long COVID患者を調査すると、腸に持続感染していることが多い。

*7
大便中のウイルスが水洗で飛び散り、浮遊をすると感染をひろげることは、SARSでも観察された現象である(アモイガーデンの集団感染事例)。新型コロナウイルスでも報告されている。
cf. COVID-19 Cluster Linked to Aerosol Transmission of SARS-CoV-2 via Floor Drains
https://doi.org/10.1093/infdis/jiab598

*8
cf. Long distance airborne transmission of SARS-CoV-2: rapid systematic review
https://doi.org/10.1136/bmj-2021-068743

*9
cf. Die ene Passion die wel doorging, met rampzalige gevolgen
https://www.trouw.nl/verdieping/die-ene-passion-die-wel-doorging-met-rampzalige-gevolgen~b4ced33e/

*10
Amazonやドラッグストアで安売りされている検査キット(研究用)を買ってはいけない。検査には「第1類医薬品」と書かれたものを使うこと。第1類医薬品のキットは、国が性能を確認して承認している。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_27779.html

*11
cf. Surgical masks do not increase the risk of heat stroke during mild exercise in hot and humid environment
https://doi.org/10.2486/indhealth.2021-0072

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