見出し画像

"The Book of the Day!"という新しい読書習慣(2/8~12紹介分)

The Book of the Day!

2/8から月~金の朝6時30分~7時までClubhouseで行われている"The Book of the Day !"という朝活ルームに参加している。京都時代から付き合いがあり、これまでも様々な読書会を紹介してくれた編集者の友人から誘われたのが参加したきっかけである。毎朝本を1冊紹介するというシンプルな朝活なのだけど、紹介される本とそこから派生する話が非常におもしろいので初参加から既に10回連続で参加というヘビーユーザー状態になった。

読書会的な朝活はけっこう多いと思うのだけど、パッと見、"The Book of the Day!"というタイトルが何だかセンスが良いなと感じた。Enyaの"Book of Days"のような響きがあって、朝活のイメージによく合うなぁ、と。

私は「最近読んだ本」というよりも、他の人が紹介した本の流れや、その日の気分で思い出した本の話をするようにしている。私以外の参加者がどのような本を紹介したかについては、主宰者のfuntrapさんのnote記事を読んでいただくと良いのだけど、私自身が紹介した本については、備忘もかねて今後「百夜百冊」のマガジンの方に紹介しておこうと思う。本によっては「百夜百冊」の1冊として紹介済みのものもある。その場合は、「百夜百冊」の記事の方にリンクを貼ることにする。

2/8 有川浩『阪急電車』

こちらは既に「百夜百冊」の第三夜で紹介済み。

2/9 『古事記』

2021年になってから近隣にある寺社仏閣をめぐっている。その過程で、私の住んでいる地域には須佐之男命が祀られている神社が随分と多いということに気付いた。だが、日本人でありながら須佐之男命のことも様々な神々にまつわる話もあまり覚えていないものだなと思い、ちょうどよい機会なので『古事記』を読むことにした。

須佐之男命は元々は海を司る神であったが、姉である天照大神が治める高天原で乱暴狼藉を繰り返したことで追放され、追放された後はヤマタノオロチ退治を経て英雄化する。「荒ぶる神」というイメージが強いが、信仰上は氾濫する河川を鎮めるという意味合いが強いようで、大きな河川のある流域には須佐之男命が祀られることが多いようである。

2/10 新美南吉『手袋を買いに』

海外勤務から帰ってきてから毎年冬になると「手袋を買おう」と思うのだけれども、ついつい手袋を買わずに2月を迎えてしまう。2月になってしまうと、「今手袋を買ってもあと1か月くらいしか使わないな」と思って、結局手袋を買わないということをもう5年も続けてしまっている。

そんな中思い出したのが、新美南吉の『手袋を買いに』という作品。小学校低学年の時に国語の教科書に掲載され、よく朗読をした。そんなこともあって、今回読むにあたっても実際に朗読をしてみた。「三つ子の魂百まで」ではないけれども、幼い頃に何度も朗読した作品なだけあって、あまり噛むこともなく、抑揚もつけて読むことができた。幼い頃に国語の教科書で読んだ話というのはけっこう心に残っているもので、これを機に思い出しては朗読をしてみたいなと思った。

2/11 『あてなよる 大原千鶴の簡単・絶品おつまみ帖』

この読書会の良いところは本であれば何を紹介しても良いという点。この日は趣味の料理をするうえで大切にしている1冊を紹介。大原千鶴さんの「あてなよる」はNHK BSでも放映されている番組。ゲストを迎え、京都在住の料理研究家の大原千鶴が酒肴(あて)を作り、ソムリエの若林英司がそれに合うお酒を紹介するという構成。個人的には軽妙なナレーションの石橋蓮司が番組にさらなる深みを与えていると思っている。

身の回りにあるちょっとした食材をフル活用して様々な「あて」を作ってゆく大原さんの姿を見ていて、京都時代に西陣の京町家で開かれたおばんざい教室に出た際におばあさんから教えられたことを思い出した。

「美味しいものをつくるために、食材集めに馳せ走るから「ご馳走」というんですな。食材を余すことなく使えばお金もかからない。だからお金も貯まりますな」

これは実に本質を突いた名言で、「あてなよる」でも京女の大原さんからその精神がうかがえる。

NHKによる制作という都合上、テレビ放映に際してはお酒の銘柄や市販品の商品名を伏せるという措置が取られているのが少しもどかしいが、本の方では明記されているので番組と併せて本を読むとちょうどよいだろう。

料理については別途「料理のお話」というマガジンも書いているのでそちらも読んでいただければと思う。

2/12 アルフォンス・ドーデ『最後の授業』

この日は教育関連の本の紹介が多かったので、アルフォンス・ドーデの『最後の授業』を紹介した。普仏戦争後のアルザス・ロレーヌ地方が舞台となっており、フランスが普仏戦争に敗れ、アルザス・ロレーヌ地方がドイツに割譲されたことでそれまで行われていたフランス語教育が行われなくなることについてフランス語嫌いのフランツ少年の目を通して描かれた政治的作品である。

かつては小学校の国語の教科書に採用されていた作品であるが、ナショナリズム的な色彩が強いことや言語的多様性を否定する側面が強いことから、1985年以降国語の教科書では採用されていない。私は1987年に小学校に入学しているが、何かの機会でこの作品を読んだ記憶がある。おそらくアルザス・ロレーヌ問題について扱った世界史の授業や、大学の国際政治系の講義ではこの作品について扱われていた記憶がある。

以下の引用部分を読むと一見、フランス語の美しさが強調されているように思えるが、実際にはフランス至上主義やナショナリズムが色濃く出ている作品であり、「国民国家とは何か?」、「国語とは何か?」、「国語教育とは何か?」という問題を考えるうえで有用な作品であると思う。

「フランス語は世界でいちばん美しく、一番明晰な言葉です。そして、ある民族が奴隸となっても、その国語を保っている限り、牢獄の鍵を握っているようなものなのです」

結局のところ「国民国家」や「国語」というものは「想像され、創造されたたもの」である。そういう予備知識を持ったうえでこの作品を読むと、「国民国家」や「国語」という抽象概念を知らない小学生が読むのと、その抽象概念を理解したうえで読むのでは全く違った読み方ができる作品であると思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?