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妄想するって大事

アイデアを出すって言ったってなかなか出てこない生みの苦しみがあります。定期的に募っても出す人出さない人、繰り返していくとけっこうはっきり分かれてくる。
思いつくときはあるけど思いつかないときもある。それは誰だってあるけど、何か言わなきゃいけないテーブルでノーコメントっていうのが続くと問を投げてる側や意見を常に発信してる人からしたら、何か少しでもないの?と思ってきます。

意見の出しにくい雰囲気のせいで、発言しにくい。
それもある。がんばって言ってみても、それはできない、あなたがかわらきゃ、と言われてしまっていやな気分になるかもって思ってしまう。
なんでも出してみよう、のときはそれぞれが意見を否定するのではなく、ひとまず受け入れる姿勢をある程度の割合がも持つようにしなけきゃなかなか雰囲気は変わらないように思います。雰囲気作りは大事ですね。

いつでも考えるくせをつける、イメージする。
アイデア的に考える習慣がないと、自分を守るためにとくにありませんと表明しつづけてしまう。逆に考えるクセがつくと、あれはどうだろう、これ組み合わせたらどうだろ、っと湧き出てくるようになるかもしれない。なんでも練習が必要なんだと思います。

一日なにも感じない日ってあるのだろうか?
仕事に没頭しすぎて10数時間集中してたとかだったらあるのかな。
でもほとんどの人が、息抜きや誰かと雑談やネット見たりとかそういう時間が一日の中にもけっこうあるはず。一日何も感じず過ごしてしまうってちょっともったいない気がします。

まわりの要素、ストーリーを掘り下げる。
課題の答えをすぐ出したいとなると、これいいんじゃ?的な簡易案で進めてしまう。そういうグッドアイデアのひらめきもあるかもしれないけど、周辺のキーワードを掘り下げていくと、意外ともっと余計な部分がそぎ落とされてシンプルに大切な何かが残ったものになったりする。

妄想すること。
根拠もなくあれこれと想像すること。また、その想像。

ああだったらいいなとかそういうことを感覚的にイメージするくせをつけないと、いざ何かと問われたときに、私はありません、の繰り返しになる。

それはそれでいい、という人もいる。その人はその組織に加わっているなら、貢献するためにグループ内で上がっていることにサポート側で積極的にう動けばいい。

でも自分から何かを出していくって健康的に体はもちろんだけど、心にも脳にも必要なんじゃないかと思います。適材適所もあります。
必要とされてない場で必要とされてない内容を出してしまったらいろいろ難しくなるから、そうなりたくないってのもあって、できるだけ動かない、となるのかもしれないけど。

だから、もうちょっと日々に妄想する時間を入れようって思います。
だれかを傷つけるような妄想はだめですけど、自分や誰かがハッピーになるような妄想はいいじゃないですか?そうすることで、自分自身の幸せに対する価値観もわかってくるような気がします。

ぜひ、日々に幸せな妄想を!

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