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ある正月の兄

正月の2日の夜に祖母の実家に家族でお邪魔するのは我が家の恒例行事である。

掘りごたつの横に座卓が置かれた8畳の和室には酒飲みが集合し、隣の6畳のダイニングキッチンのテーブルには女性達を中心とした酒を飲まないメンバーが集まって手作りチーズケーキ等を楽しむのが定番の配置だ。
私は和室である程度日本酒や柿の葉寿司味わってからダイニングキッチンに移動して甘いものや紅茶も頂戴するというハイブリッドな戦略をとっている。

築50年近い古い家の暗く冷たい廊下からこの明るい二間の空間に入ると、まず暖気と石油ストーブの匂い、次に煮しめや刺身醤油や酒と入り雑じった匂いが来て賑やかな声がする。この瞬間いつも『正月』を感じる。

兄は酒好きな上親族から可愛がられているので「とおる、こっちこっち」と和室に留め置かれるのだが、ある年ドライバー担当になってしまい酒が飲めなかったのでダイニングキッチンに居留することとなった。
私は兄の代打もあって長老に注がれるまま酒を飲んでいたのだが、母の「とおる何してんの」と言う声でダイニングキッチンに目をやった。

兄がまったく自然な動作でお汁粉の鍋をかき混ぜていた。
「落ち着かないからやらせてもらってるんだよ」と言いながら彼は寸胴の中の小豆の沢山入った重い液体をおたまでゆっくりと丁寧にかき回していた。昼間のうちに伯母が仕込んでいたであろうお汁粉は小豆色と言うよりは灰色にも近く、砂糖と小豆の甘い香りを放って冬の幸せを確約しているかのようだ。
この家の女主人である伯母は客人に手伝いを頼むタイプではない。兄は父ゆずりのじっとしていられない性分で、"やらせてもらってる"というのは謙遜ではなく本当に伯母に頼んでお汁粉の再加熱という花形の大役を譲ってもらったのだろう。
本人には気にしているので言えないが、小柄でぽっちゃりとした体型はムーミンのお母さんを思わせどこか母性すら感じさせる。よその家の鍋をかき混ぜているのだからけしてひっくり返してはいけない、いつもより慎重に
、そして指先まで神経を通わせていて繊細な手付きである。その姿はキッチンに違和感なく馴染んでいる。

私にとっては生まれてきたら既に彼が存在していて子どもの頃からよく知っており、結婚式の日も初めて我が子を抱いた時も、幼い娘のズボンがずり下がっているのを見てぐいっと引き上げて「これでばっちぐー」とあやす瞬間も見ているのに、兄というとどうしてもこの姿を思い出してしまうのである。

この古なじみの家屋は二年前に建て替えられて今はもうない。

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