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『ワンストローク・キル』

「安心安全なSCOPハンバーガーはいかがですか! 今ならダブルチーズが半額!」
 甲高い女の声が店内に鳴り響く。俺は目が覚めればハンバーガーを仕込み、寝る直前までハンバーガーを焼いてるごく普通のマルプレクサーだ。最近あったイベントなんて突然店に入って来た男が働かせてくれと言ってしがみついて来た事くらい。その新入りのおっさんは俺の後ろで、熱を上げてるロッカーボーイの曲を鼻歌まじりにポテトを揚げている。特段器用じゃないが仕事はそこそこ真面目だし、悪い奴じゃない。

 今日も忙しくて退屈ないつも通りの日だった。昼までは。
「いらっしゃいまー…」
俺は定型句を最後まで言えずにいた。何故って、入って来たのは普段なら絶対ここらを通らない客だったからだ。上質な黒のロングコートに身を包んだ男と、上品な藍色の学生服を着た十歳前後の少女が手を繋いで仲良く歩いてくる。逆立ちして見たって絶対にそこら辺のムーバーズじゃない。コーポゾナーだ。何だってこんな安いハンバーガー屋に?
顎から頬に沿って頭のてっぺんまでにょっきり生えた二本の白いサイバーウェアのツノを持つ黒コートは、少女を抱えてカウンター上に掲げられたメニューを見せる。
「ヴァルター、この店ウサギがいない!」
「ここはバニーバーガーじゃない」
「えーっ!」
「バニーバーガーは三ブロック先だ」
「そんな〜」
悪かったなウサギじゃなくて。
「…わざわざこんなところに来なくてもハンバーガーなんてコックに言えば作ってもらえるのに」
「やだ! ハンバーガーショップのハンバーガーがいいの!」
いいからさっさと注文してくれ。注文しないならバニーバーガーに行ってくれ。
俺がそんな風に思っていると次はいかにもゴツい男どもが、いかにもな機関銃を抱えて乱入してきた。
「全員腕を真上に上げなァ!!」
さっきまで死んだ目でハンバーガーを食ってたムーバーズたちはキャアと叫び声を上げる。白ツノの黒コートはギャングどもをちらりと見て舌打ちをした。
「おい」
「へっ」
「妹を預ける」
「へっ!?」
俺はお嬢さんを押し付けられて促されるままカウンターの向こうでしゃがんだ。その後の光景は見ていない。お嬢さんと一緒に派手な銃声と破裂音を怯えながら聞いてただけだ。

その時ホールにいたウエイトレス曰く黒コートはデカい銃を抱えた男どもから弾を一発も食らうことなく懐に入り込み、腕の一振り、つまりワンストロークで強盗をノックダウンさせたそうだ。

音が落ち着いて俺は怖々カウンターから頭を出した。目の前には、黒い覆面を付けた白ツノの黒コート。
「妹を」
「へ、へいっ!」
俺はすぐ涙目のお嬢さんを黒コートに返した。
黒コートは覆面を外して懐に仕舞い、何も注文しないで帰っていった。お嬢さんは自分の兄貴にしがみついて泣いてた。
店内には腰を抜かした従業員と客と、顎の骨を外した強盗どもが伸びて転がっていた。

 騒ぎの十数分後、黒コートが倒した強盗どもは警察じゃなく荒坂警備保障の連中が片付けていった。
ああ、天下のアラサカ様ね。
荒ごとに慣れ切った白ツノの態度に納得しながら、俺はアルバイトも店員も帰った店内でタバコを蒸した。


『ワンストローク・キル』・完

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