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レッチリと哲学科のMさんの話。

とりとめのない昔話。

子供がスイミングスクールに行っている間、よく図書館に寄る。本はもちろん、音楽CDも貸出されていたりするので、時間を潰すにはもってこいの場所だ。

先日そこで、レッチリ、つまり、Red Hot Chili Peppers のCDを見つけたので借りてみた。特にこのバンドのファンというわけではなかったが、懐かしいというか何となく久々に聴きたい気持ちになったのだ。

帰宅してそのアルバムを聴いていたら、とある思い出がふっと蘇った。Snow (Hey Oh)という曲。この歌は、とあるアニメ映画の主題歌として使われていたものだった。その映画にまつわるエピソードだ。

Snow (Hey Oh)

ーRed Hot Chili Peppers

当時、私は、北関東の片田舎から飛び出して、遠く離れた関西地方のとある街で大学生活を送っていた。そこは、誰も知り合いも居ない、文化も微妙に異なっていた場所だった。

そして、私は、慣れない土地になかなか馴染めず、というか、馴染んでいないのを認めたくなくて、とにかく頑張って溶け込もうとしていた。そのために、手当たり次第に知り合いや友人を増やそうと躍起になっていた。

そのうちの一人で、同じ大学に通う、四国出身のMさんという女性と知り合った。

彼女は、私と同い年だったが、妙に大人びていて、どこか達観していた。斜に構えているというわけではない。見た目も、むしろ割と派手なほうで、病んでいる感じにも見えない。一見、普通の大学生だった。会話をしていてもおかしなところは無かった。

でも、何となく世の中を、どこか違う場所から見ているのかと思えるような雰囲気があった。

偏見かもしれないが、それは彼女が哲学を専攻していたからかもしれない。当時私は、全然それとは違う学問を専攻していたのにも関わらず、哲学に強く惹かれていた。他学部履修をして哲学概論の講義を受講をしたこともあった。当時はそう思わなかったが、今にしてみれば、彼女を通して、哲学を学ぶ人間そのものにも関心を持っていたのかもしれない。失礼な話。

冬休みだったか、何かの休暇かで、その期間を利用して私は帰省した。その時、地元の友人と一緒に映画を観た。その映画が、前述したレッチリの Snow が主題歌のものだった。

映画自体は面白かったが、この映画の原作となった漫画すら読んだことのなかった私は、取り立ててこの作品について熱く語るほどの知識量は無かった。だが、あることを思い出して、Mさんにメールを送ってみた。

「そういえば前に話をしていた映画観たよ。面白かった。最後のレッチリの歌が良いね」

実は、それ以前に、彼女はこの映画が好きで何度も観たということを聞いていた。それを思い出したのだ。すると、しばらくしてすぐに彼女から返信があった。

「あっ、観たんや。L、メッチャかっこよかったやろ。やばない?」

いやぁ、やばないって言われても…。たしかに、演じていた役者は原作のキャラクターによく似ていた。飄々としていて、頭脳明晰で、ポーカーフェイスでどこか掴めなくて、そして悪を憎む強い執念というか熱い心を胸に秘めているような、そんな独特の雰囲気。でも、格好良さという視点では観てなかったので何も言えなかった。

そんな関西訛りのメッセージを読んだ時、なんとなく、普段話していたMさんとは違う、なんだか別の世界の人のように思えた。具体的には言い表しにくいが、たぶん彼女の中にあったとある扉を、不用意に開けてしまったような、そんな感じがした。

その後、Mさんに会う機会があってその映画の話をしたら、もうずっとそのキャラクターの話題で持ちきりになった。それまで彼女とは何度か哲学の話をしたこともあったが、もはやアニメ一色になっていた。

ただ、相変わらず私はその映画も漫画も詳しくないし、そこまでそのキャラクターに感情移入することもできなかった。だから私は、ただ彼女から熱のこもったアニメの話を聞くだけの存在になった。

それから、授業やアルバイトが忙しくなったり、他の友人と遊ぶ頻度が高くなったりして、私はMさんと、次第に会うことも連絡を取り合うことも無くなっていった。

正直言って、Mさんの「オタク」な一面を目の当たりにして、若い私は面食らってしまった部分もあったのだろうと思う。別にオタクであることに偏見も無かったが、当時は何となく「友達はもっとフェアなものだろう」ということを考えていたのかもしれない。まあでもたしかに、友人関係は、無理しないに限る。

私と彼女とは特別な関係というわけではなかったが、個人的には何となく印象的で、レッチリの Snow を聴くたびに今でもこのエピソードを思い出す。あの頃の、友達作りに必死になっていた自分を思い返して、胸がむず痒くなるようなそんな気持ちになる話だ。

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