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天下一品の恋|ショートショート

君と出会ってすべてが変わった。

君を初めて知ったのは十数年前。
僕が大学生の時だった。

新宿歌舞伎町のラーメン屋に入り、注文を終えてケータイをいじっていると、

突然、目の前に君は現れた。

そう、君の名は「こってり」。



ラーメンといえば醤油だった。

味噌、とんこつ、塩、色々あるけれど、
醤油こそが王道だった。

でもこってりと出会って以来、
体が満足しなくなった。

こってりこそが王道になった。

天一には他に「あっさり」「味がさね」「屋台の味」「味噌」があるが、

どれも物足りない。

こってりこそが悦びであり、
こってりこそが生きる理由だった。

もうあの頃には戻れない。

「おいしい、おいしい」といいながら醤油ラーメンを食べていたあの頃には戻れない。

こってりはカロリー的にヤバいし、
メタボの原因になる。

それはわかっていた。

一日三食こってりを食べれば、
金銭的にも負担になる。

(健康的に)苦しい。
(金銭的にも)苦しい。

でもこってりをやめられない。
神様、やめられないんです。

車を運転中に、進入禁止の標識(⛔️)を天下一品のロゴ(⛔️)と見間違えて建物の中へ入ってしまったときは、

もうダメだと思った。



君と出会ったことを後悔している。

だから、僕は君と初めて出会った場所にいき、君と別れることに決めた。

君の目の前で「あっさり」の名前を口にし、今日こそ君と決別してやる。

店員がやってきた。
「並で」と僕はいった。
「お味はどうしますか?」
「あ…」
僕は言葉に詰まった。
「あ…」
どうした。いうんだ。「あっさり」と。

「あ…あっ…」

胸が苦しくなり、
その後のことは覚えていない。

意識を取り戻したのは会計を済ませた後だった。店を出ると、口の中に君を感じた。

(おわり)

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