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足早おじさん2

久々にnoteを再開した。

この数ヶ月慌ただしい日が続いていた。コロナの煽りを受けて金を工面するために奔走し、借金を作ったり、借金を重ねたり、色々していてnoteに触れられずにいた。

それに加えて僕の書いた名作ショートショート"足早おじさん"が全く見向きされないことでnoteに対して幾分ふてくされていたという事情もある。

https://note.com/furaidopoteto/n/n5aafbfe19dac

(↑怪談なのにハッピーエンドという上級者向けの新感覚ストーリーに仕上がっている)(毎度のことながら誰も褒めてくれないから自画自賛するしかない)


三ヶ月前のことだ。

確か他の記事でも書いたと思うが、僕はパーソナリティ的に呪われているのでリアルでの過酷さに直面するたびにすぐ死んでしまいたくなる悪いくせがある。

コロナの件で表向きの生活が変わったとはいえ僕の人生は何も変わらない。普段通り出口の見えない暗いトンネルの中を這いつくばって進むだけだ。

毎日がしんどくて、夢も希望もない。金がない。決して若くない。死にたい。死にたい。人生をリセットしたい。

いつも考えるのは、

もしやり直せるならいつに戻りたいか。

少なくとも大人になる以前がいい。陰キャ判定が下される前の中学生時代か。父親と祖母がまだ生きていた幼少期の頃か。

いや、そもそも祝福されて生まれてこなかった時点で洗練された人生など送れるはずがない。結局どの地点からやり直しても行き着く先は同じに思えた。

だったらいっそのこそ生まれてこないほうが幸せだった。

残念ながらそういう結論になってしまう。

道を歩きながらそんな実りのない考えをウジウジと巡らせていると、正面から野球帽を目深に被った男が足早にこちらへ近づいてくるのに気づいた。

(ヤベーのがくるぞ)

男の感じからしてモルモン教の勧誘でないことだけは確かだった。

僕が身構えていると、男は至近距離で立ち止まり、僕の顔に荒い息を吐きつけながら名刺を差し出してきた。

名刺の肩書きにはこう書かれていた。

  映画プロデューサー


妙なことが起きた。

道を歩いていたら映画プロデューサーを名乗る男に声をかけられ、しかも役者としてスカウトされた。

僕は映画業界を希望する人間だが、それは脚本に関してことであって演技とはまるで無縁だし、何より男の怪しさは満点だ。

僕は相手にせずにその場を立ち去ろうとしたが、男はこちらから一歩も離れようとせず、

「主演は君がいい。君に決めた」

と男は半ば強引に映画の台本を渡すと足早に去っていった。


夜。興味本位でその台本を読んでみると、主人公の男つまり僕が演じる役どころは外資系企業で働く野心家のエリートで、プライベートでは女泣かせのプレイボーイという、自分とは対極に位置するキャラクターだった。

あの男は一体どういうつもりで自分に声をかけてきたのだろう。

とにかく、僕は演技などしたこともないしするつもりもないのでスカウトを断るために男の名刺に書かれている番号に電話をかけた。

男が出て、僕がその旨を話すと、

「演技は練習すれば上達する。それよりも役作りが重要だ。費用はすべてこちらで出す」

といって一方的に電話を切った。

その頃僕は金も仕事もなく自暴自棄になっていたから自分でもどうかしているのはわかっていたが騙されたと思って男のいうことに従うことにした。


まず役作りのために仕事の斡旋をされた。

就職先は外資系の一部上場企業だ。

男いわく「会社の社長に事情は話している。君は職場の雰囲気を掴むだけでいい」ということなので、僕はただ椅子に座って社内風景を眺めつつコーヒーを飲んでいればよかった。

次は役作りのために様々な女を紹介された。

男いわく「場数を踏め」ということなので、僕はプレイボーイの気持ちを理解するために手当たり次第に女を抱きまくった。

その過程で外資系の肩書きをチラつかせて広瀬すず似の女を彼女にすることができた。

役作りは順調だったが一つだけ難関があった。僕の数あるコンプレックスの一つであるヴィジュアル面での欠陥である。この点を何とかしなければ洗練されたプレイボーイには決してなれない。

僕は整形に関して否定的で、整形を拒む以上は鏡に映る自分の容姿を呪いながら死ぬまで生きていくしかないと考えていたのだが、役作りのためならやむを得ない。僕を生んだ両親も許してくれるだろう。

その日から僕は整形美容外科で何度となく手術を重ね、ついに衆目に耐えうるだけの華麗なるヴィジュアルを手に入れた。

広瀬すず似の彼女も「見違えたね」と褒めてくれた。

しかしやはりというか、当然ながら最後のネックは演技力だった。こればかりは才能と鍛錬の為せる業であって役作りでは到底補うことができない。セリフ一つ読んでみても自分が大根以下の演技しかできていないことは明らかだった。

このままでは醜態を晒すことは間違いない。
悶々としたまま日にちだけが経ち、ついに映画の撮影日が明日に迫った。

ムリだ。逃げちまおう。
やっぱり俺には演技なんかできっこないんだ。

その時、電話が鳴った。


僕は警察署の一室にいた。
刑事と弁護士の立ち会いのもと、私は例の男と対峙していた。

自宅にかかってきた電話は警察からだった。
内容はこうだ。

「男が自首してきた。道端で映画撮影と偽って被害者をスカウトしAV撮影を決行する予定だったが怖くなったので自首することにしたと話している。男から詐欺未遂の被害を受けた男性はあなたで間違いありませんか?」

急なことに何が何だかわからずに僕が戸惑いを隠せずにいると、男は泣いて詫びた。

「騙してすまなかった。このままだと自分は詐欺罪で捕まってしまうから示談で済ませてほしい」

そして男は示談金として一千万を提示した。男の弁護士が動揺する私に訊ねる。

「どうかね?」
「…はい」

僕は思わず返事をしていた。

示談書のサインを済ませると、男はスポーツバッグから一千万を取り出した。

目の前に積まれた札束を見て僕はくらくらと目眩を覚えた。

何が起こってる?
これは一体どういうことなんだ!?

とにかく、この三ヶ月間で僕は仕事と恋人とヴィジュアルと大金とを手に入れたことになる。


警察署を出た男が足早に去っていく。

「あのっ」と僕は思わず声をかけた。「あなたは、なぜこんなことを…」

その問いに答えることなく男は足早に雑踏の中へ消えていった。

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