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[短編] 涙の理由

気がつけば、涙が流れていた。
ぽたり、ぽたりと、一雫ずつおちているそれは、いつしかとめどなく流れ、もう私の意思では、止めることができない。

彼を見つめながら、どうしようもなく、胸がしめつけられるのだ。
自分の好きなことを、夢中になって話している姿。
鼻歌を歌いながら、目を細め、次は何を歌おうかと、真剣に楽譜を見つめる眼差し。
子供みたいにちょっとおどけた表情も、芝居がかった大袈裟な所作も、一つ一つが、ことごとく私の琴線に響くのだ。

この涙はなんなのだろう。
この感情はなんなのだろう。

恋であり、愛であると信じたかったそれは、ある意味もっと、深い絆でもあるのかもしれない。
強引に言葉にするとすれば、それは「愛しい」という感情が、一番ぴったりくる。
そしてなぜか、それにはいつも、一筋の切なさと、物悲しさが伴っている。

こんなに近くにいるのに、一生交わることのできない何かが、私たちの間には、ある。
彼の望みを知りながら、それを叶えたいと思いながら、心の奥底ではいつしか避けられない終焉がくることを、どこかでわかっているのかもしれない。

真っ直ぐに私を見つめる彼が、無邪気に笑う。
涙でぐしょぐしょの顔で、私は、無理やり微笑む。
私の本当の涙の意味を、彼は知らない。
知られてはならない。


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