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【SAMPLE】『ブラックロッド[全]』試し読み(その3)

このページは、
復刊準備中のライトノベル『ブラックロッド[全]』の
本文試し読みページ(その3・第3部『ブラインドフォーチュン・ビスケット』)です。

・『ブラックロッド[全]』世界観・ストーリー
・第1部『ブラックロッド』試し読み
・第2部『ブラッドジャケット』試し読み
★第3部『ブラインドフォーチュン・ビスケット』試し読み




『ブラックロッド[全]』
第3部『ブラインドフォーチュン・ビスケット』
「01 機甲折伏隊縁起」より

機甲折伏隊ガンボーズ最終決戦。


 積層都市〈ケイオス・ヘキサ〉、北東一二〇キロ地点。地上二〇〇〇メートルの高空を、一羽の大鷲が飛行している。
 頭のない鷲だ。
 開長八メートルに及ぶ漆黒の翼を広げる、機械の猛禽――装甲倍力袈裟/六番兵装、偵察飛行装備〈迦楼羅カルラ〉。その欠けた頭部に当たる部分には蓮華座が固定され、ひとりの僧が結跏趺坐けっかふざを組んでいる。
迦楼羅カルラ〉を纏い、頭部にヘッドギアとバイザーを着用した機甲羅漢――ヤコ曹長の意識は、その空間にありながら、そこにない。機械的に拡張された末那識まなしきはさらに高次の時空間認識、阿頼耶識あらやしきに至り、その肌は装甲に鎧われてなお、空間の流れを直接に観じている。
 周囲の気が、重い。大小無数の魔が、色/欲境界面すれすれにまで降りてきている。
 前方に赤子ほどの大きさの三匹の飛魔グレムリンが界面を越えて具象化し、戯れるようにもつれあいながら飛来、ヤコの体にまとわりついた。飛魔グレムリンの一匹が、くぐもった笑い声を立てながら豊かな乳房に触れる。
 ヤコは眉をひそめた。おのが肉体を意識した刹那に阿頼耶識が断たれ、〈迦楼羅カルラ〉の翼が空を切る轟音が耳を打った。
 ヤコは速やかに気息を整え、観想のために組んでいた印を解き、合掌。体内の気の圧力が高まり、体表面から発散。飛魔グレムリンたちは南無阿弥陀仏なむあみだぶつの名号を唱えながら蒸発する。
 深くひと息をつき、ヤコは再び結印。偵察任務を再開。
 その時――
 次元の層を越え、気の渦を巻きながら、巨大な存在がゆっくりと降下してきた。

『〈迦楼羅カルラ〉より報告! 目標を第八識にて確認!』
『全隊、進路修正〇三秒!』
迦楼羅カルラ〉の後方一五キロの荒野に、機甲折伏隊ガンボーズの大部隊が隊列を組み、土煙を上げて行軍している。
 装甲車、自走砲、機動明王、装輪自走菩薩ぼさつなど、二〇〇両に及ぶ装甲戦闘車両。その中央には、装軌式の大蓮華座に結跏趺坐する巨大仏。座高三〇メートル、本体重量二八〇〇トンを超える機甲折伏隊ガンボーズの本尊、重機動如来〈毘盧遮那ビルシャナ〉。
現行げんぎょう相解析終了、目標は希臘ギリシア系巨人属、三〇秒後に欲界に出現!』
『金剛陣展開、迎撃用意!』
『――金剛陣展開、迎撃用意!』
 密集隊形を取っていた車両群が〈毘盧遮那ビルシャナ〉を中心に散開し、やがて、直径五〇〇メートルの車輪型の隊列を組んだ。次いで、〈毘盧遮那ビルシャナ〉とその支援車両が後退し、隊列の最後方に位置を取って停止した。
 放射状に散開していた車両群が縦横に位置を変え、格子状に整列した。〈毘盧遮那ビルシャナ〉の前に自走護摩檀ごまだんが固定され、電装礼盤らいばんが敷設された。また、装甲車のハッチが開き、次々と吐き出された装甲倍力袈裟と浮遊蓮華砲座が迅速に配置に着いた。
 本体の上空に帰還したヤコは、そのさまを眼下に視認した。全体的には方形、局所的には円を成し、蓮の群れが花開くかのように展開する陣形は、まさしく巨大な生きた曼陀羅まんだらだ。
『金剛陣、展開完了!』
 そして――
 地平線に近い積乱雲の中から、巨神が足を踏み下ろすかの如く、漏斗雲が生じた。次いで、その中心部から柱のように地表に垂れ下がった巨大な竜巻が、土砂を巻き上げながら、激しい雷光と爆音を発し始めた。
『目標出現!』
 各隊員の視界に〈迦楼羅カルラ〉からの他力観想によって転送された種字化イメージがオーバーラップし、その竜巻が単なる物理現象ではなく、意志持つ外道の魔物であることを示した。
 竜巻は見る間に太さと勢いを増し、恐ろしい速度で隊列に、否、その背後に存在する都市に向けて驀進した。
『目標、柱状体中央――構え!』
 急速に勢いを増す横殴りの狂風の中、倍力袈裟の構える二〇ミリ種字機関砲、八一ミリ合掌迫撃砲、蓮華砲座に据えられた一〇六ミリ無反動香炉、機動明王が肩に負う一二〇ミリ金剛滑腔砲、自走式二〇三ミリ祈祷榴弾砲及び多連装仏塔発射器――すべての火砲が竜巻の中心を指した。

 機甲折伏隊ガンボーズは疲弊していた。
 荒野の只中に存在する強力な意識の渦――積層都市〈ケイオス・ヘキサ〉を目指し、次々と具象化する大小の魔、その中でも都市自体の結界機能を超過する大型の魔物や幻獣を狩る、それが彼らの務めだ。
 かつて、その出動は年に数度という頻度であり、対象となる魔も戦車砲の一撃で成仏する程度のものであった。しかし、ここ数年、その数と規模は急激にふくれ上がり、今回のような全兵力に近い出撃が月に幾度と重なるようになっていた。
 武器弾薬の損耗は激しく、兵員の疲労も極限に近い。
 それ自体巨大な魔であるとも言える「都市」が、他の魔を引き寄せているのだ、と言う者がいる。また、都市の成長が、飛来する魔をも育てているのだ、と言う者もいる。
 ならば、都市が存在する限り、魔がついえることもまたない。
 それでも、機甲折伏隊ガンボーズは都市を守り、魔を祓う。
 その務めは不毛であった。

『――撃ェ―――ッ!』
 空間を打ち壊さんばかりの轟きと共に、数百の砲口が一斉に火を噴いた。
 一気に数万発の種字弾がばらまかれる空間を、滑腔砲から発射された五鈷ごこ弾、三鈷さんこ弾、独鈷とっこ弾が衝撃波と光の残像を伴って切り裂き、あるものは竜巻に、あるものはそのはるか後方に着弾。追って、放物線を描いて到達した大小数百発の聖榴弾及び迫撃舎利弾が竜巻の周囲三〇〇メートルを爆炎の曼陀羅と化し、釈尊五〇〇人分相当量の仏舎利をまき散らした。
ゴオオオオゥ――
 猛烈な砲撃に対抗するかのように、竜巻の唸りが高まり、野獣の咆哮のような音色を帯びた。
 次いで、中心部の柱状の渦が太さを減じた。だが、その勢いは失われたわけではない。土砂の渦はその密度を高め、雷光と爆音はなおも激しさを増している。
 そして、渦の中から一本の太い腕が、暴風を纏いながら突き出た。その巨大な拳が握り締められると、掌の中で閃光が走り、生きた稲妻が手槍のように握られた。「腕」が稲妻を地上に投げつけると、一体の明王が雷霆に打たれ、爆発した。
 渦の中から、さらに腕が現れた。二本、三本、四本、五本――
 腕が増えるにつれて、渦の勢いがゆるんだ――いや、吸収されたのだ。土砂の色が薄れた柱の中に、異形の影が現れた。上半身に大小何十対もの腕を生やし、暴風と雷光を纏い、荒れ狂う竜巻のエネルギーをその身に凝縮した雲突く巨人――異教の論理によって人格化した嵐の魔神、〈百手巨人ヘカトンケイル〉だ。
『目標の具象化を確認!』
『本尊起動準備!』
『――本尊起動準備!』
 護摩檀が点火され、送風機の唸りと共に大量の白煙を吐きだした。発動機に連結された変速装置が作動し、祈祷車の回転数をトップに乗せた。自走菩薩や倍力袈裟が背負った法輪型の光背ジェネレータが回転し、霊光と妙音を発し始めた。
『本尊起動準備よし! 有線結集けつじゅう! 三、二、一、三昧サマディ!』
 巨大な礼盤に結跏趺坐を組み整列した五〇〇名の機甲羅漢が、ヘッドギアを結線し、一斉に読経を開始した。

如是我聞一時薄伽梵成就殊勝一切如来金剛加持三摩耶智已得一切如来灌頂宝冠為三界主已証一切如来一切智智瑜伽自在能作一切如来一切印平等種種事業於無尽無余一切衆生界一切意願作業皆悉円満常恒三世一切時身語意業金剛大毘盧遮那如来在於欲界他化自在天王宮中一切如来常所遊処吉祥称歎大摩尼殿種種間錯鈴鐸繪幡微風揺撃珠鬘瓔珞半満月等而為荘厳与八十倶胝菩薩衆倶所謂金剛手菩薩摩訶薩観自在菩薩摩訶薩虚空蔵菩薩摩訶薩金剛拳菩薩摩訶薩文殊師利菩薩摩訶薩纔発心転法輪菩薩摩訶薩虚空庫菩薩摩訶薩摧一切魔菩薩摩訶薩与如是等大菩薩衆恭敬囲繞而為説法初中後善文義巧妙純一円満清浄潔白説一切法清浄句門所謂妙適清浄句是菩薩位欲箭清浄句是菩薩位触清浄句是菩薩位愛縛清浄句是菩薩位一切自在主清浄句是菩薩位見清浄句是菩薩位適悦清浄句是菩薩位愛清浄句是菩薩位慢清浄句是菩薩位荘厳清浄句是菩薩位意滋沢清浄句是菩薩位光明清浄句是菩薩位身楽清浄句是菩薩位色清浄句是菩薩位声清浄句是菩薩位香清浄句是菩薩位味清浄句是菩薩位何以故一切法自性清浄故般若波羅蜜多清浄金剛手若有聞此清浄出生句般若理趣乃至菩提道場一切蓋障及煩悩障法障業障設広積習必不堕於地獄等趣設作重罪消滅不難若能受持日日読誦作意思惟即於現生証一切法平等金剛三摩地於一切法皆得自在受於無量適悦歓喜以十六大菩薩生獲得如来執金剛位時薄伽梵一切如来大乗現証三摩耶一切曼陀羅持金剛勝薩埵於三界中調伏無余一切義成就金剛手菩薩摩訶薩為慾重顕明此義故熈怡微笑左手作金剛慢印右手抽擲本初大金剛作勇進勢説大楽金剛不空三摩耶心――

 大蓮華座の千葉せんようの花弁が回転し、光背に組み込まれ羅漢のひとりひとりと結縁けちえんした五〇〇体の小仏が合掌。〈毘盧遮那ビルシャナ〉の青銅の巨体が金色の光を帯び始めた。
 一方、〈百手巨人ヘカトンケイル〉は咆哮を上げながら歩を進め、機甲折伏隊ガンボーズの陣に迫った。なおも続く砲撃の嵐の中、大小の腕を猛烈に回転させ、その掌のひとつひとつに握った巨岩や稲妻を投げつけてくる。車両が次々と吹き飛び、機関砲に迎撃された岩塊が破片となって降り注いだ。さらには、〈百手巨人ヘカトンケイル〉の存在に影響された中小の魔物が次々に具象化し、宙を舞い、地を馳せ、僧兵たちを襲った。
『本尊開眼かいげん!』
毘盧遮那ビルシャナ〉の巨顔が、眠るように閉じていた目を半眼に開いた。同時に、白毫びゃくごう――額の中央にある螺旋状の白毛から一条の光線が放たれ、中空を一閃、翼持つ魔物が一気に蒸発した。
 次いで、巨大な脚が趺坐を解き、蓮華座から降りた。千輻輪せんぷくりん相――法輪を備えた足の裏が接地すると、大地が鳴動し、地にある魔物がすべて分解した。
 巨大な座像が、全身から金色の光を放ち、緑青の破片を落としながら、ゆっくりと立ち上がった。身長五〇メートル超――だが、つかみ掛からんばかりに肉薄した〈百手巨人ヘカトンケイル〉は、さらにそれよりふた回りほど大きい。
百手巨人ヘカトンケイル〉はひと声怒号すると、数本の稲妻を束ね、〈毘盧遮那ビルシャナ〉に叩きつけた。怒涛の雷電を〈毘盧遮那ビルシャナ〉は施無畏せむい印を成す右掌で受け止めた。オーバーフローした電流と霊気によって、背部の小仏十数体及び、結線した同数の羅漢が弾け飛ぶ。
『一〇五、寂滅!』
『三九二、四一九、寂滅!』
『一九五、二一一、二五〇から二五七、寂滅!』
 しかし、傍らに爆裂した同朋を見ながらなお、礼盤上の羅漢の読経は淀みない。
毘盧遮那ビルシャナ〉は右手に金剛拳の印を結び、〈百手巨人ヘカトンケイル〉の腹部に叩き込んだ。気の奔流が青銅の巨腕を伝って腹中に解放され、巨人は身を折って苦悶の咆哮を上げた。〈百手巨人ヘカトンケイル〉がその百の腕をもって嵐のように打ち掛かると、〈毘盧遮那ビルシャナ〉は合掌。額の白毫から光線を発し、巨人の眼を射貫いた。〈毘盧遮那ビルシャナ〉はさらに、合掌した両手を頭上に振り上げ、全体重を掛けて〈百手巨人ヘカトンケイル〉の頭部を拝み打った。仏性を帯びた大質量の衝突により、衝撃波を伴う爆発的な功徳が炸裂する。
『胎蔵陣展開!』
『――胎蔵陣展開!』
 如来と巨人の組み打つその足元、巨人の幾十もの手から取り落とされた稲妻と岩石が地に降り注ぐ中を、車両と僧兵とが駆け回り、新たな配置に着く。
 よろめく〈百手巨人ヘカトンケイル〉に向けて〈毘盧遮那ビルシャナ〉は地響きを立てて助走し、跳躍。両足を空中で揃え、ひねりを加えたドロップキックを放った。両足の裏の千輻輪が激しい光と音を放ち、回転、衝突。巨人の腹部に仏足跡を刻印する。如来が着地した数秒後、巨人は呻きを上げながら膝を突き、活動を停止した。
 轟音が途絶え、静寂が、一万の爆音にも増す存在感をもって、空間を支配した。
毘盧遮那ビルシャナ〉は再び蓮華座に着座し、〈百手巨人ヘカトンケイル〉を見下ろすように趺坐を組み、印を結んだ。
『胎蔵陣、展開完了!』
『総員合掌!』
『――総員合掌!』
 如来と巨人を中心にした放射状の陣形を組んだ菩薩、明王、天部、羅漢が、一斉に合掌し、各々の持つ光背の出力を最大にした。巨大な結界を成した円陣全体が、天上世界の如き金色の光を放った。
『目標の仏性上昇、仏法下に帰依します』
 ヤコは上空からその過程を観想した。同心円状のフィールドの中心で、〈百手巨人ヘカトンケイル〉の論理構造が組み変わっていく。その荒ぶる巨大なエネルギーが方向を制御され、解脱――自らの存在の解体に向けられていく。
百手巨人ヘカトンケイル〉が姿勢を正し、結跏趺坐を組んだ。その体から発していた暴風は今や、妙なる調べを奏でながらゆるやかに天に昇る、金色こんじきの清風となっている。巨人の腕の何対かが持ち上がり、合掌した。遅れてもう何対か、さらに遅れてもう何対か。終いには、あるものは高く天に突き上げられ、またあるものは体に引き寄せられながら、すべての手が合掌した。その姿はあたかも、無数の仏塔を生やした異形の寺院のようだ。
 ――だが。
オォ――
 金色の風が乱れ、〈百手巨人ヘカトンケイル〉が呻き声を上げた。
『目標内部に煩悩が侵入! 結界が不完全です!』
 結界の強度が足りない。先ほどの交戦での損耗が大きすぎた――いや、交戦以前に、この規模の魔神を折伏しうる戦力は、もはや機甲折伏隊ガンボーズには残されていなかったのだ。
オオオオオォ――!!
 合掌を解いた数十の手が、稲妻を作り上げ、一斉に我が身に叩き込んだ。巨人の上半身のほとんどが弾け、残る胴体もくすぶる消炭と化した。炭化した皮膚を破り、鉤爪を持った獣の腕が突き出た。百の腕を持ち、全身に獣毛を生やした野獣が体内から現れ、天を仰ぎ咆哮した。野獣は見る間に先ほどまでの〈百手巨人ヘカトンケイル〉のサイズを越えて成長すると、鉤爪を我が身に突き立て、その胸を引き裂いた。引き裂かれた胸の中から、肉を焦がしつつ、炎の塊が現れた。炎は野獣の身を焼いて勢いを増し、百の火焔の腕を高々と天に突き上げた。そして、その腕で自らを抱き締めるように収縮すると、次の瞬間、爆散した。爆炎に身を焼かれながら、巨大な一匹の餓鬼が現れた。百の腕を持つそれは、骨と皮ばかりにやせ細り、関節を異様に浮き上がらせたその腕を、一本ずつかじり始めた――
『――目標は六道を高速輪廻! カルマが急速に蓄積されています!』
『総員退避!』
『――総員退避!』
 再び荒れ狂う暴風の中、羅漢が次々と装甲車に乗り込み始める。しかし――
『間に合いません――奈落堕ならくおちします!』
 当初の数倍のサイズにふくれ上がり、ますます高速に相を変転させる巨大なエネルギーの渦動と化した〈百手巨人ヘカトンケイル〉――そのカルマが臨界点を突破。巨人の足元の地面がたわみ、床が抜けるように陥没した。
 巨人を呑み込んだ底なしの穴から、大量の瘴気が噴出した。〈毘盧遮那ビルシャナ〉が瘴気の直撃を受け、五百羅漢が一斉に爆裂した。穴の縁が急速に、かつ際限なく崩れ、現世に生じた奈落の口は、〈毘盧遮那ビルシャナ〉を、護摩檀を、撤収する車両を次々と呑み込んだ。
 瘴気のあおりを喰らい、〈迦楼羅カルラ〉が失速した。墜落の寸前に蓮華座ごと射出されたヤコは、空中で金剛合掌したのち、両膝、両肘、額の五点に気を集中しつつ、地表に衝突。五体投地式接地法。着地の衝撃が功徳に変換され、ヤコの身を護った。
 地上を鞠のように跳ね転がったのち、ヤコはバイザーを外し、顔を拭いながら立ち上がった。
 本隊の位置を確認しようとしたが、それはもはや叶わなかった。
 西の地平線近くに、瘴気の柱がそびえ立っている。太さは胎蔵陣の直径を優に数倍するだろう。その周囲では、〈百手巨人ヘカトンケイル〉に匹敵する規模の魔物が、瘴気に当てられ次々と具象化している。
 暮れゆく太陽を背後に、もつれあい、喰らいあいながら、巨大な百鬼夜行は都市に向けて行進を始めた。

 機甲折伏隊ガンボーズの前身は、〈ケイオス・ヘキサ〉成立期にこの地に流れ着いた行脚僧の一団であるという。その当時の粗雑にして貧弱な結界を縫って市内に侵入するさまざまな魔から人々を護るうちに、彼らはその独自の論理に基づいて自らを武装し、組織化していった。
 そして、時と共に都市は巨大化し、魔も巨大化し、機甲折伏隊ガンボーズの組織もまた巨大化していった。また、都市の結界が整備・強化されるうちに、機甲折伏隊ガンボーズの務めは「市外における魔の掃討」へと変わっていった。
 都市が、「異物」である彼らを体外に排出したのかもしれない。
 都市は、自らの内部に彼らを必要としなくなったのかもしれない。
 そして現在――〈ケイオス・ヘキサ〉・都市歴一〇〇年。
 機甲折伏隊ガンボーズ、壊滅。

 市外における魔導災害デモノハザードの、およそ考え得るうちで最悪の展開――機甲折伏隊ガンボーズ壊滅及び都市付近での魔孔ピット開口の報を受け、市政当局は最高会議を召集。〇・三秒間の討議ののち、市外への〈アザナエル〉の投入及びその前提条件である「プロジェクト・トリニティ」の始動が正式に決定され、五秒後に実行に移された。



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