街頭インタビューで感じる違和感~社会人編~

新型コロナのニュースを見ていると、街頭インタビューのコーナーで、新橋や横浜といった街角でマイクを向けられた社会人が「同僚と飲めないのがつらい」と言っている。「唯一の楽しみがなくなった」「仕事に行くのも怖い」と言っていたが、これには違和感を感じる。本当に唯一の楽しみだったの?

オーストラリアの大学に通っていた私は、バスで通学した。バスで座っている人は、かなりの確率で本を読んでいる。東京の地下鉄でもたまに見かける外国人は、かなりの確率で小さい字がたくさんつまったペーパーバックを読んでいることが多いのに気づく人も多いと思う。それくらい、欧米では「本を読む」という文化が浸透している。

日本人は活字を読むことを億劫に感じる人が多すぎる。漫画という文化があまりにも浸透しているからか、活字離れを推進するくらい本を読ませる宿題があまりにも少ないからか。小さい頃に通った日本の小学校で配られた教科書は、どれも字が大きく薄っぺらい教科書ばかりだった記憶がある。

海外の学校や日本のインターナショナルスクールでは、分厚い教科書を渡されいつも読んでいた記憶がある。こんな長い教科書(本?)は読まないよと思っていたら、要は本のどの頁を読ませるかは、担当の先生の力量だという。教える内容の骨子は同じでもどのような形で教えるか、どの教材で教えるか、先生に任されているのである。

よろしければサポートお願いします!頂戴したサポートは、今後の記事の質向上に使わさせていただきます!