海外の大学の変わったところ

先日ジョブスのスピーチをご紹介した。

スピーチだけだと、偉い社長が、有名な大学で、自分の成功体験を語る自我礼賛のスピーチと思うかもしれない。ちょうど企業で役員まで上り詰めて起業した人が、東大でスピーチするのと同じように。

だが、彼は本当は金銭面で問題をかかえ、母校リード・カレッジを退学し、その後はもぐりの学生としてカリグラフィー(西洋書道)のクラスを長い間聴講した。この経験は、後にアップルコンピュータの美しいフォントの発見という形で開花することになる。

私も母校を思い出した。

私の通ったオーストラリアの大学では、500人いる学年中、2-3割は30-40代の社会人、3割は留学生だった。同じ年齢層の地元の生徒の多くも、自分ですべての学費を払っていた。半数以上は、落第して次の学年に行けなかったわけだが、同じ大学で学ぶことだけが共通点の彼らと、案外楽しく議論できた。

自分と共通点が少ない人ばかり周りにいると、人間は今いる人たちとの共通点を探そうとする生き物らしい。かくいう私も、一番仲が良かったのは、ベトナムの国費で来ていた年上の女性。前にも後にもあの人より頭が良い人を私は見たことがない。

そういう共通点が少ないところで見つかる共通点が、実は脳裏に焼きつく思い出になったり、大発見につながったりする。いろんな人がいることで混乱や仲違いも生じるが、その克服法を知っている人はどこまでも強い。

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