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【ふなログ753】「我慢」と「辛抱(忍耐)」との違い


絶賛10月の案件探し中の私でしたが、何とか折り合いを付けて案件が決まってほっとしています。


ところで最近、幸運にも色々な方にお会いする機会に恵まれています。

その一つとして、先月「倫理法人会」に入会して、色々な地区のモーニングセミナーにお邪魔する度にご縁を頂いています。朝早過ぎですが・・

また、先日、その会員スピーチで人前で話す機会を早速頂いたり、先日は有志の経営者交流会で「メインプレゼンテーション」で私の仕事について10分間語らせて頂き、そこからのご縁も広がりそうです。

→珍しくパワポ作って黒歴史混じりの自己紹介(笑)と、僭越ながら「ビジネスにおけるコミュニケーションの大切さ」について、語らせて頂きました


オフラインでとにかく足を運ぶのは、アナログですが良いPRになりますね。ITエンジニアのくせにアナログに目覚めている最近です。

すぐにお仕事に繋がるとは限りませんが、常に「自分が出来ること」「与えることができること」を、常にアービトラージ(裁定取引)の観点で自覚しておくのは大切なことですね。

→お仕事の文脈で書きましたが、広い意味で「人に喜んでもらう」ということでもあります


さて、最近
「我慢」と「辛抱(忍耐)」の違いについて考える機会が増えています。

自分の在りたい、したいことを抑えるのが良いのか?そうでないのが良いのか?かなり考えています。

どちらも、「思い通りにならないこと」について耐えている印象がありますが、明らかな違いがあるようです。


我慢と辛抱の違いについて調べていたら、
「極真空手 金町道場」のHPの指導員ブログ「我慢と辛抱の違い」に、このような記載がありました。

空手は辛抱することが多く、それが未来の自分の糧となります。
「我慢」と「辛抱」の違いは何か?

我慢は自分がしたくないことや嫌なことを堪えること。
辛抱は自分の為や人の為に自ら志したものを実現するための努力をする辛さ。

すなわち、人から押し付けられたものであれば苦労ですが、自分が先頭に立って人の為、自分の為に困難を克服しなければならなくなれば苦労とは思わなくなります。


我慢は、嫌な事にただ耐えること。
辛抱は、目先に思い通りにならないことがあっても、自分が志した未来の結果に向けて、克服しようと耐えていること。

つまり、そこに「未来」があるかどうか?
の違いではないか?と。


「これを越えれば、報われる未来がある」
と信じることが出来れば、辛抱できます。
その辛抱が長ければ長い程、報われる未来は喜びに満ちていくはず。

ただ、その「未来」に対する解像度が弱いと、その辛抱が耐えられずに投げ出してしまうんですよね。


あまりにも、その「未来」が現状とかけ離れ過ぎたりすると、全くイメージができません。

しかし、少しづつ、その「未来」に近づける「半歩先」のマイルストーンを置きながら、一歩ずつ半歩ずつ、「小さな三連勝」を繰り返していくと、少しづつイメージに近づいていきます。


辛抱できずに「心が折れる」ような場合、
まずは「小さな三連勝」を自分の中で決めて、小さなところから達成感を続けるのが、とても大切で効果的ですね。


私の場合、早朝のマラソンは結構苦戦していて、本当に少ない距離から毎日コツコツ始めていますが…(笑)

10月以降の案件も決まり、それまでは辛抱の連続でした。

ただ、我慢し続けるのではなく、自分の意志で立てた目標や小さなマイルストーンに向けて、着実に歩みを進め、「ままならないこと」を乗り越えていく楽しさを味わっていきたいものです。


その先に、自身の成長とチャンスに恵まれるはずです。
それでは、今日も素敵な一日をお過ごしください。

【まとめ】
・我慢と辛抱(忍耐)は、似ているようで異なるようだ
・嫌々我慢するのではなく、「自分がどうなりたいのか?」の未来を描くことから始めてみよう
・そうすると、目の前の「ままならない」ことを乗り越える、という辛抱(忍耐)を楽しむことができ、自身の成長とチャンスにも繋がるのではないだろうか

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