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読書感想文(2)何のために働き、何のために働かせるか

 題材:清水剛先生著「感染症と経営 戦前日本企業は『死の影』といかに向き合ったか」中央経済社

 前回の読書感想文の続きです。私的なメモやまとめを含み、ですますとだである調が混在する、なんとも拙い感想文となっています。
 さて、前回は、序章への感想として、本書の建付けについて確認しました(注:下記は引用ではなく私のまとめです)。

 「死を身近に感じる社会」、すなわち自分を含む身近な人が感染症で亡くなる可能性が高まり、健康上の不確実性が高まる社会では、死への恐怖や畏敬といった感情のみならず、個人や企業の仕事観・キャリア観・消費性向・投資性向etcなど、経済経営上の要素もおおいに変容すると考えられる。
 死を身近に感じる社会であった戦前日本における小説や映像作品をみても、いかに当時の人々が死を身近に感じ、そしてその感覚を、金銭感覚や婚姻への志向、働き方などに反映させていたのかが窺える。

 そして、1章・2章では、「死が身近に感じられる社会」における、主に企業の対応に目を向けています。1章では、改めて本書のスタンスや前提となる概念が共有されます。以下、本書を要約した私のメモです。

 企業にとっての被雇用者を人的資本と総称すると、死が身近であるつまり健康上の不確実性が高い状態とは、人的資本の価値が毀損されやすい状態であるといえる。死や重篤な健康上の問題で、従業員が離脱する可能性が高まるからである。
 人的資本の毀損可能性が上がることに対して、企業がとる対応は大きく二つある。一つ、人的資本を替えの利く存在とみなし、それらへの投資(教育、訓練、福利厚生etc)をできるだけ削ろうとする方向性である。毀損するかもしれないが、後から埋めればOK。これは企業にとってはコストカットにはなる。次に、人的資本の毀損可能性を低減すべく、人的資本に投資を行うという対応である。この対応はたしかにコストがかかるが、結果的に企業を利する可能性もある。
 かつて女工が多かった紡績業においては、人材流動性が高い(つまり、人的資本への投資が短期でムダになりかねない)にも関わらず、後者の方策がとられた。「温情主義経営」の鐘淵紡績が著名である。しかし鐘淵紡績の武藤山治は、これらの施策は人道主義というよりむしろソロバン勘定の結果であった、と述べている。現代でもしばしば見受けられる、人情か経済か、という二項対立ではなく、経済性を考慮した結果として人情の感じられる施策になった、というわけである。
 このように戦前日本では、女工哀史に知られるような悲惨な状況もたしかにあったものの、状況を改善すべく対応した企業もあり、先ず健康状態・労働状況の改善が先になされた。では従業員教育はどうか?というと、劣後であった。同時に、教育の需要は少なくなく、従業員としては自身の学歴を恥に思う者が少なくなかったようである。女工なんて、学校も行けなかった出稼ぎ労働者でしょ、という差別があったのだ。そのコンプレックスを解消するものとしてバレーボールチームのようなレクリエーションが生まれ、「東洋の魔女」に繋がっていく、というストーリーも語られた。
 コロナ後の日本では、医療や接客業への差別、分断の加速、弱者への投資の放棄による格差の拡大、などが進んでいく可能性がある。それらに少なくとも企業レベルで対応しようとしたとき、戦前日本の教訓が活きる。すなわち、人的資本への投資は、①健康・医療上のバックアップ、②教育訓練機会の提供、③プライドや誇りといった心理・感情を支えるもの、に峻別でき、それぞれ求められる施策と効果が異なるであろう、という示唆である。

感想
 面白いです。人的資源管理の話になっていきますね。本書は戦前日本のストーリーを追うだけでもためになって面白いです。
 私的に注目できるのは、以下の点。まず、人道か経済かという二項対立ではなくて、人道主義の先導者とみられた鐘淵紡績にせよ、経済性を追求した結果として人道的にみえる対応になったのだ、ということ。医療か経済か、なんて二項対立ではなく、それ以外の方策を探るヒントになるのではないでしょうか。
 また、人的資本の毀損リスクが上がる社会においては、投資をコストとみなしてカットするのでなく、むしろ積極的に投資を行うことが企業を利する可能性があるということ。それは、死のリスクを低減するのみならず、従業員のプライドやアイデンティティを支えることによっても可能であり得ます。
 人的資源管理論やミクロ組織論においては一般論であるとも言えますし、死が身近にある社会における問題は、一般論の援用によって解決する可能性がある、ということでもあるでしょうか。死が身近にあるとき、働く人はどう感じ、考え、行動するだろうか。そして働かせる人は、働く人とどう向き合うべきだろうか。こういった問いに関するヒントが散りばめられていたように思いました。

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