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107 ミモザのように

雪が降る日のさむさは、あきらかにいつもとちがっていて、特別なつめたさです。
いつものさむさはすぅとした感じ。
雪のさむさはきんとした感じ。
目に見えないけれど、わかること。

仕事中にふと窓を見たら、ひらひらとお砂糖のような雪が舞っていました。
雪が降る日の白さも、特別な白さです。
雪の量は関係なく、空気がすこしだけ、白濁している気がします。
目に見えることで、わかること。


―どうしても、自信が持てないんです。

一昨年の春、私に悩みを打ち明けてくれた高校生の女の子がいました。

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私はミモザの花が好きで、春になるとリースを購入したり、写真を見て楽しみます。
ふわふわと明るくて、春の光そのもののようなやさしい花。
目にすると思わず微笑みます。

その女の子の携帯電話の待ち受け画面もミモザでした。
目に入ったので
「きれいなミモザね」
というと
「この花の名前ですか?」
と聞き返されました。インターネットで「春の花」を画像検索して見つけた画像を待ち受け画面にしているそうです。


ある日、彼女と廊下ですれ違ったので
「こんにちは。元気?」
と声をかけると、彼女の顔はみるみるうちに赤くなり、泣き出してしまいました。

とりあえず部屋に行って(ティッシュの箱も一緒に)、彼女が泣き止むまで見つめていました。そういえば、私も高校生のころ、今誰かに声をかけられたら泣いてしまうほど思い詰めてしまったことがあったな。そんなことを思うでもなく思っていたら、
「すみません」
と彼女が言いました。
ぐすぐすと涙をぬぐっています。

「なにかあったの?」
と私は尋ねました。なにもないかもしれない、と思いながら。
なにもなくても、苦しいときは高校生にも大人にもあるものです。

彼女は赤くなった目でこう言いました。
「どうしても、自信が持てないんです」

彼女が自信を持てない理由は、優秀なお兄さんと自分を比べてしまうからだそうです。
二つ年上のお兄さんは、幼いころから非常に優秀で学校の成績はいつも一番。
ご両親からの信頼も厚く、大学も難関大学に現役合格したそうです。
その年に受験生となる彼女は、お兄さんと同じ大学を目指したい気持ちはあるけれど、直近で返却された模試の結果はふるわなかったのです。模試に書いてある判定を見ると、志望大学に必要な学力と自分の学力にとても差があると感じ、苦しくなったそうです。


「お兄さんのことすき?」
私はそう訊きました。彼女は
「とても好きです。だから苦しくて。こんなできのわるい妹じゃ、お兄ちゃんははずかしいと思います」
と言いました。言いながらもぽろぽろと涙をこぼします。私はびっくりして
「お兄さんがそんなことを言ったの?」
と訊きました。すると、彼女は首をふります。

どうやら彼女は、見えないものに苦しめられているようでした。そこで
「お兄さんのどんなところが好きなの?」
と尋ねました。
彼女は下をむいたまま、えーと、と言いながらひとつずつ答えてくれました。

やさしいところ。雨が降っていて、傘が一本しかないときに、お兄ちゃんは傘を大きく私の方に傾けるんです。だからお兄ちゃんはびしょぬれで。ごめんね、と私が言ったら、汚れていた左手肩がきれいになったよ、って言うんです。

話しながら、少しずつ彼女の表情が明るくなってきました。

あと、意外と力もちなんです。やせているんですけど、お買い物に行った時は、お兄ちゃんがお醤油と牛乳を持つんです。筋トレ筋トレ!って言いながら。

顔は赤いままですが、涙はおさまったようです。

それから…そう言って、彼女は口をつぐみました。なにかに気がついたようです。


私は
「お兄さんはやさしくて、力もちなんだね。それは、どこの大学に通っていても、変わらないことだね」
と言いました。目に見える成績と目に見えないやさしさ。どっちも素敵だけどね。
女の子はすこし考えているようでした。

「お兄さんも一緒なんじゃないかな」
私は言いました。
きっと、お兄さんはあなたがどこの大学に行っても、模試の成績がいまいちでも、あなたのことを大切に思っているよ。


それから、ふと思い出して、
「ね、待ち受け画面見せて」
とお願いしました。
彼女は制服のポケットから、スマートフォンを出して画面を見せてくれました。
黄色いふわふわのお花が画面いっぱいにやさしく咲いています。
よく見ると、花は楕円形やすこし歪な円形で、ひとつとして同じ形はありません。
まるにもいろんなまるがあるものだな、と思いました。



私はひとつ息をして、彼女にゆっくりと話しました。
「ミモザはね、ミモザ分存在していて、ほかのものがその空間に存在することはできない。だれも重なることはできない。ふんわりと空気みたいに咲いているけれど、きちんとそこにいる。」
女の子は静かにスマートフォンを見ています。
私も、もう一度画面を見ました。ミモザが揺れているように見えました。
「それはね、花でもひとでも、なにものにも代えはないということではないかな。あなたもお兄さんも存在しているだけでかけがえのない人だよ。」

そこまで言うと彼女はまたひとつぶだけ、涙をこぼしました。
透明できれいな雫でした。

たとえば、桜とミモザを比較する人がいるでしょうか。
こちらの方が美しいとか、こちらの方が花もちがいいとか。
咲いているその姿を見たら、そんなことを考える前につい足を止めて微笑むのではないでしょうか。咲いてくれて、こんなにきれいなものを見せてくれて、ありがとうと。
それぞれの方法で、それぞれらしく咲いたらいいんだと思います。

彼女はふっと顔をあげてこう言いました。ありがとうございます。
それからすぐに、
「でも、このままだとピンチなので、勉強はがんばりますね」
といたずらっぽく笑って言いました。ようやく、いつもの彼女になりました。
「特に…」
と私が言うと
「数学!」
彼女は私よりも先に答えて、からりと笑いました。


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あの女の子はきっと素敵な女性になると信じています。
ときどき立ち止まりながらも、やさしい心で歩いていくと思います。
自信を持てない苦しさを知っているから。

彼女に最後に会った冬、携帯電話の待ち受け画面を見せてくれました。
やっぱりミモザでした。

「きれいね」
と私が言うと、彼女は
「季節関係なく、待ち受けはミモザにすることにしました」
とにっこり笑いました。きらきらと輝いた目にもう涙はありませんでした。

「ミモザを見ると、やさしい気持ちになるんです」
ひだまりのような声でそう言うと、彼女はくるりと踵を返して、雪がちらつく白い世界へ出ていきました。


今回も、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


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ちょこっとメッセージ

いつも「スキ」を押してくださったり、コメントをくださるみなさん、ありがとうございます。「スキ」を押さなくても、コメントがなくても、読んでくださったみなさん、ありがとうございます。本当に本当にいつもうれしいです。

たまに仕事や暮らしにいっぱいいっぱいになり、頭も体もかちかちの夜があります。
そういうときに、みなさんのスキやコメントを見返すととても元気になります。
かちかちだった自分があたたかいお湯に入ったようにほぐれていきます。
やわらかく、やさしい言葉のひとつひとつに救われてきました。

言葉のちからってすごい。

あらためてそう思ったので、ここにちまちまと書きました。

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