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174 記憶を花束にして

風がすっと冷たくなった。
それは本当に突然のことで、ある日の雨上がり、窓を開けるとすでに冬に近い秋がいた。

「久しぶり」
冷たい空気に、そう言われた気がした。

秋生まれの私は、空気が冷たくなってくると元気になる。
晴れているのに肌寒い。雲はぞろぞろと流れていく。夕陽が作る影は夏より濃く感じる。

べたべたしていない優しさというか、凛とした甘さというか。
そういうさっぱりした感じが好きで、うきうきしながら秋冬の支度をする。
部屋で履く靴下を出したり、湯たんぽを探したり。

ついでに衣替えをすると、クローゼットも秋冬仕様になった。
白とブルーとグレーの夏ラインナップから、ベージュと茶色とカーキのダークラインナップへ。こっくりとした色は、少しかわいいデザインも大人っぽくしてくれるからうれしい。

早速秋色のジャンパースカートを着て散歩に出た。
公園に行くと、朽ちた葉っぱが一枚ずつ落ちてきた。

この葉っぱは、いつから木についていたんだろう。
去年もその前も、木はずっと同じところにいる。季節に逆らわず新芽を出し、葉を広げ、また時期が来たらひらりひらりと落ちていく。

べたべたしていない優しさというか、凛とした甘さというか。
そう、秋は時の流れに気づかせてくれる。

時間は常に流れているのだけど、ふと「いつの間にか、ここまできた」という気持ちにさせる。
それは、一年の終盤に差しかかっている季節だからかもしれないし、植物が枯れる季節だからかもしれない。

花屋の前を通ると黄色やオレンジ色の花がたくさんあったので、小さなブーケにしてもらった。

できあがった花束は、ガーベラとバラが入っていて、その隙間にかすみ草がふわふわと差し込まれていた。

「かすみ草がいるから、やわらかい印象になるんですね」
と私が言うと、店員さんはこう言った。
「小さな花にも役割があるんですよね。私はかすみ草がいちばん好きな花なんです。どの花とも相性が良くて、長持ちする強さもあって、ブーケに入れたらベールをかけたような雰囲気になって。だから、私が花束を作る時には、指定がない限りかすみ草を入れるんです」

お店を出ると、外は夕方一色だった。
数え切れないくらいの夕方を経験してきたけれど、やっぱり秋の夕方がいちばん好きだと思う。肌寒くて、でも陽はあたたかくて。
目を閉じてその空気を吸うと、これまで過ごした色んな夕方を思い出す。

図書館でたくさん本を借りてえっちらおっちら運んだ日、仕事で悔しい思いをして帰った日、些細なことを大げさに捉えて自分の足ばかり見て歩いた日…。

小さな出来事ばかりの日々。
でも、どんな一日にも役割はある。

しあわせな日もつらい日もなんでもない日も、時間は忖度することなく流していく。
どんな日も平等に過ぎていき、いつの間にか色褪せていく。
しあわせな日は素敵な記憶に、つらい日はいつか糧に、なんでもない日はそのまま人生模様に。

時間にもべたべたしていない優しさがあると思う。

ジャンパースカートはやっぱり楽ちんだ。
オレンジ色の空と時々吹く風が心地よい。
どこまでも歩いていけそう。この服を着て散歩をするのも秋冬のささやかなお楽しみ。

足を前に出す度ひらりと動く裾。深い茶色が落ち着いた気持ちにさせてくれる。
そういえば、去年もこの服を着てこの道を歩いたな。
その時はちょっとした病気にかかっていて、落ち込んだまま歩いていたな。
皮膚にも症状が出ていたから締めつけのある服がつらくて、ジャンパースカートやワンピースばかり着ていた秋。

左手に持った花束を見る。
ガーベラにバラにかすみ草に名前のわからない葉っぱと実。
オレンジ、黄色、色、緑。

記憶は花束みたい、と思った。
表彰された華やかな日もあれば、一日中寝てしまった日もある。
次の日の予定が気になって悶々とする日もあれば、集中して何かに取り組む日もある。
一日の種類も大きさも違うけれど、振り返ればどんな日も人生を彩る花なのだ。

色も形も統一感がなくてごちゃごちゃかもしれない。
でも、自分だけの花束はやっぱりきれいだと思う。

たくさんの毎日を味わって、たくさんの大好きな季節を過ごして、たくさん考え、想う。

そして、おばあちゃんになったときには、その記憶たちが小さなブーケじゃなくて、抱え切れないくらいの大きな花束になっているといいな。

そう思いながら、オレンジ色で冷たい空気の中を歩いて帰った。

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