見出し画像

117 ひとはり、ひとはり進む

よく晴れた初夏の日。風が心地よいので、窓を全開にしています。

ちくたくちくたく

部屋にある置き時計が、静かな空間の時を刻みます。
この置き時計は、九年前に母からプレゼントされたものです。
木でできた、家具屋さん手作りの時計。針の音に合わせてキツツキが動きます。

実はこのキツツキ、ときどき休んでいます。
ふと見たときに止まっているのです。

私があからさまにキツツキを見つめると、また動き出すから不思議。
気がついたら10分ほど遅れていることもあって、その時はひやりとしましたが、そんなアバウトなところも愛おしくて大切にしています。

ちくたくちくたく
さわやかな風と時計の音。
やさしい時間が流れます。

こういう日は刺繍をしましょう。
外の明るい気配を感じながら、時計のリズムを楽しみながら。

-------------------

私には、ときどき刺繍ブームがやってきます。
刺繍が上手というわけではないのですが、ひとはりひとはり無心に糸を刺していく作業が楽しいのです。

先日衣替えをしたときに、前回のブームの際に購入した、たくさんの刺繍キットが出てきました。
春らしい花の刺繍に美しい糸の色。キットを見ていると、むくむくとやる気が出てきました。

針と糸を用意して、紅茶もいれたら素敵な針の旅のはじまりです。

-------------------

私が刺繍を好きになったのは、中学生のときです。
家庭科の授業で刺し子を習って、針と糸で模様を作る楽しさを知ったのです。
リバティなどのかわいい生地は高価だけれど、糸と針があれば無地の布も素敵になる。
そのことに心ときめいてポケットティッシュケースやハンカチに刺繍をしました。

ちくちくちく

刺繍はなんだか時間に似ています。

たとえば、進むところ。
たとえば、つながっているところ。
そしてたとえば、刺す人によって、色や模様が変わるところ。

これまでも、ちくちくとひとつひとつ進んできました。

-------------------

コロナウイルスの影響で、仕事ではいろんなことがありました。
いろいろな人のいろいろな意見を聞きました。

お叱りの言葉を立て続けに受けて落ち込んだり、憤りを感じたり。
力不足を感じて反省する日も、理不尽な言葉に傷つく日もありました。
なんとかご理解いただくために、言葉を尽しましたが伝わらないこともありました。

ウイルスは目に見えません。
だから、余計に人の恐怖心をあおるのかもしれません。
普段だったら考えられない身勝手な言葉を受けることもありました。
私は言葉を失い、立ち尽くしました。

そして、ウイルスは、ひとの心まで蝕んでいる、と感じました。

私は、せっかくいただいた言葉は、それがたとえ攻撃的でも、まったく道理にかなっていなくても、しっかりと受け止めようといつも思っています。

でも、さまざまな意見に耳を傾け、対応をこなすうちに心がからからと乾いていくのを感じました。
そして、いつのまにか耳を塞ぎたくなっていました。

ちくちくちくちく

早く終息してほしい。
そう願いながら日々を過ごしました。

そんな中、お手紙が届きました。
それは、数年前に卒業した学生の保護者の方からでした。

お手紙には、今回のウイルスについて、お見舞いと励ましの言葉がありました。便箋二枚に渡って書かれた美しい字とあたたかな言葉に、胸が熱くなりました。

特に印象的だった言葉がこちら。

「あの災害の時、息子を支えてくださってありがとうございました。大変でしたが、乗り越えられました。だから、今回も本当に大変ですが、きっと乗り越えられると信じています。応援しています」

そう。あの子はあの災害のとき、受験生でした。
家もめちゃくちゃ、学校にも通えないかもしれないと落ち込んでいました。でも、災害を言い訳にしたくないと、受験勉強に励んでいました。

私にできることは、そんな彼の背中を見守り、ときどき声をかけることだけでした。

そんなあの子が卒業したときに話してくれたことをよく覚えています。

つらい時は時間が長く感じられます。
僕は、この災害のあと、とても時間が長く感じました。
一秒ですら、長く感じるんです。
でも、うんと長く感じるつらい一秒もきちんと遠ざかるんですね。

彼は、そう言って微笑んでいました。

ちくたくちくたく
歯をくいしばって過ごすときでも、一秒ずつ遠ざかる。


ちくちくちくちく
心が痛む夜も、こぼれそうな涙をこらえる瞬間も、平等に過ぎていく。
ときどきは針を休めながら、でも進むことはやめないようにしよう。

そうして時が経ったとき、振り返れば、そこには私だけの模様ができている。
完璧ではないかもしれないけれど、まっすぐではないかもしれないけれど、きっと色とりどりの模様ができているよね。

乗り越えられると、私も信じよう。また、進もう。
お手紙から、そしてお手紙から想起された思い出から、元気をもらいました。

-------------------

刺繍針を進めるなかで思い出したこと。
苦い思いとやさしい思い。

今回はそんなテーマのお話でした。
今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


-------------------
おまけ
今回の記事の中で出てきた刺繍。一番最近できあがったのがこちら。

画像1

青木和子さんデザインの赤毛のアンシリーズ「アンの帽子」のミニフレームです。

こちらは、数年前の(私の中での)刺繍ブームで購入したキットなので、現在は販売されていません。
フレンチナッツステッチ(丸くぽつんとした刺繍。黄色い糸で刺しています)が苦手で、今回も若干失敗しています(涙)

しかし、バラの花部分のスパイダー・ウェブ・ローズステッチや帽子部分のブランケットステッチはふんわりと仕上がりました。

ポイントはぎゅっと糸をひきすぎないこと。
きっちり刺すよりもゆるく刺した方が立体的でかわいらしく仕上がります。

きちきち刺していくよりやさしく刺す。ここからも学べることはありそうです。


もうひとつ。こちらは前回の刺繍ブーム時に作ったピンクッションです。

画像2


リボン刺繍も簡単でかわいくできるのでお気に入りです。
今では手芸をする時の大事なお供です。


-------------------

Twitterもしています。
ゆるゆるとプチふむふむともくもくをつぶやいています。
写真やnoteで紹介したイラスト、ときどきおはようイラストも載せています。
ぜひ遊びに来てくださいね。
アカウント名:@fumu_moku
URL:https://twitter.com/fumu_moku


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?