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072 ハウスヒストリー

日に日に涼しさが増して、お日さまもやさしくなっていきます。
この季節に歩くのがとてもすきで、お休みの日も仕事の日もたくさん歩きます。
外に出たときにすっとした冷たい空気が体に染み渡るのは、心地良いものです。

両親は実家を改修工事するそうです。
雨もり修繕と洗面所のやりかえをするそうです。
(庭の柵は叔父さんがペンキを塗ってくれるそうです)

「もう築三十年以上だもの」
母がそう言っていました。

三十年以上前。
私が生まれる前です。「私」という命すら誕生していません。

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もともと学習塾があった土地をおじいちゃんが買って両親が家を建てたとき、誰もが若かったのです。若くて溌剌とした両親と、まだまだ現役で働いていた祖父でどんな家にするか話し合いがありました。外壁はこんな色にしようとか、子どもがいるし、植物を育てたいから庭は広くとか。きっと建てるまでにいろいろな相談があったことでしょう。

私の家は、とにかく大きな窓がたくさんあることが特徴です。
父が「電気ではなくて太陽の明るさを感じられる家にしよう」と言ったためだそうです。
最近の新しい家では、こういった設計が防犯上少ないようですが、私はこの窓たちがとても気に入っています。

若い両親と幼い兄と姉。
子どもたちはガラスがはめられていると知らず、よく窓にぶつかっていたそうです。

私は窓辺でよく本を読んでいましたし、悩み多い思春期は夜の庭で考えごとをしていました。あのころの庭の柵は白でした。その後何度か塗り直しをして、今は薄いピンクベージュです。

母は
「建てなおしはまだしないわ」
と言っています。「まだ、この家が気に入っているから」

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若い夫婦が建てた家は三十年以上、堂々と家族を守ってくれました。
その家の中では、大きな事件も、小さな事件も起こりました。
私が階段から落っこちたこともありますし、姉が学校の生徒会でうまくいかないことがあってずっと部屋から出てこないこともありました。
兄と私ででんぐり返しを美しく決めようとして、壁に穴をあけてしまったこともありました。そこで、受験生だった兄があわてて「第一志望 必ず合格」というポスターを貼って応急処置をしていると、父が「おぉ、良い心がけだな」と言ったこともありました。

飼っていたハムスターが脱走したことや、両親が夜不在のときに兄妹で開催したグミパーティーや。(なんと予想より早く母が帰ってきて「あらいやだ!お母さんも混ぜてよ」と言ったことや)

今でも、どの部屋で何が起こったのかはっきりと覚えています。
今、忘れてしまっていることでも、家に帰ってその場所に行くと思い出すこともあります。
家は記憶もきちんと守ってくれているようです。

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先日、NHKのテレビ番組「世界ふれあい街歩き」を見ました。
私はこの番組が好きで、録画しては朝食を食べながら見たり、絵を描きながらラジオがわりに流したりしています。

この前見たのはストックホルム。
オレンジ色や黄色の素敵な建物と淡い空の色が印象的な街です。
そこで心に残った言葉がありました。古い家で暮らす素敵な老夫婦の言葉です。
「新築の家や家具も魅力的だけど、なにかが足りない気がするの。過去を振り返れる家は心を満たしてくれるわ」
思い出を持つ家。
教科書に載るほどではないけれど、たしかにそこにある歴史を持つ家。
大切だなぁとしみじみ思いました。


今、私は古いマンションで暮らしています。
古くても、あたたかみのあるマンションで気に入っています。
でも実家に帰ると、やっぱり安心してうれしくなります。

歩くのに最適な季節。
昔の記憶と私に会いに帰ろうと思っています。


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