106 朝食をともにするのは特別なひと
少しずつ、ほんの少しずつですが、朝の明るくなり始める時間は早くなってきています。
スーパーマーケットには、いちごが並んでいます。
つめたい空気の中に春のつぶがひとつ、ふたつと増えてきています。
今年は暖冬でしたが、それでもやっぱり春が近づいてくるとうれしい。
立春が過ぎて、春をひとつずつ見つけるのが今の楽しみです。
明るい春の朝に食べたくなるものはありますか。
私は…やっぱりパン!それも、さくさく系のパンを食べたくなります。
例えば、かりっと焼いたうすいトーストや、バターの香りがするクロワッサン、デニッシュ…。やわらかな陽の中で香ばしいパンの香りに包まれるのは、うんとしあわせな瞬間です。
休日であれば、焼いたたまごやハムも一緒に。
元気の源になる朝食です。
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「朝食を一緒に食べる人は特別親しいひと」
これは、なにかの本で読んだことばです。
たしかに、夕食は仕事の関係でご一緒することもあり、もちろんそれも大切ですが、仕事の方と朝食をともにすることはめったにありません。(出張や学校の行事で食べることはありましたが、自主的ではないですしね…)
特別親しいひと。
私がこれまで家族以外で朝食を一緒に食べたのは、恋人と、ある一人の友人のみです。
その友人は、遠くに行ったので今は会うことはできません。
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この前、どうしても仕事に行くのがいやだな、と思ってしまったことがありました。
理由はなんてことありません。失敗をしてしまったからです。
判断を誤ったのです。そして、何人かの方に迷惑をかけてしまったのです。
その日の夜はひどく落ち込み、自身を呪いました。
夕食を食べる気にならず、だらだらとお風呂に入りました。
どうして、もっときちんと考えなかったのだろう。
そんな思いが頭の中を駆け巡り、シャンプーをしても、アロマをたいても、気持ちは晴れませんでした。
結局、深く眠ることはできず、翌日は重たい朝でした。
空ばかりが青くてかなしくなりました。
こんなとき、あの子ならなんて言うかな。
あの子のことを思い出そうと、昔もらった手紙の山から適当に一通選びました。
なんだかおみくじみたいです。
手紙をあけるとこんなことが書いてありました。
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ふむもくへ
もうすぐ受験だね。いやだね。みんな、行きたいところに行けたらいいのにね。
でも、あたしは試験は好きだよ。自分を試すのって楽しいじゃん。
たくさん試していろんなところに行きたい。
あっちこっちに行って、ほんとうに行きたいところを見つけたい。
受験がいやなのは、挑戦できるのが年に一回だから。
でも、しょうがないね。いやだけど、やろう。
みんなが行きたいところに行けますように。
じゃあまたね。
〇〇より
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読んだ手紙をそばに置いて、朝のお茶のしたくをしました。
ケトルにお水を入れながらあの子のことを思い出しました。
耳の下で切り揃えていた、光が当たると少しだけ茶色っぽくなる髪。
そっか。手紙の中の私たちは受験生。いやだったなぁ。
受験なんてはやく終わってほしいのに、明日が来てほしくないと思っていた日々。
でも、きちんと乗り越えました。
あの子もきちんと乗り越えました。
あの子はその後、本当にあっちこっちに行って、今はどこにいるのかわかりません。
ほんとうに行きたいところ、見つかったかな。
しゅうしゅうとお湯が沸きつつある音が聞こえます。
私は寄り道をしながらだったけど、行きたいところに、ちゃんと行ったよ。
でも、今は心が弱くなって、逃げ出したくなっているよ。
こんな私のことを、あの子はなんて言うかな。
しょうがないね。いやだけど、やろう。
あの子はいつもそう言っていました。
いやなことをいやだと言いながらも、果敢に向き合っていなした。
そうです。いやだけど、行くしかないのです。自分で選んだ場所なのだから。
お茶ができました。いちごのフレーバーのやさしい紅茶。
今日は、あの子と一緒に朝ごはんを食べましょ。
手紙をそばに置いて。
特別なひととともにした朝食はやっぱりうれしいものです。
手紙を山に戻して、少しだけ軽くなった心で、春の粒が浮かぶ中、出勤しました。
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今回のイラスト
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