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どうしようもなく好きな一冊 ルシア・ベルリン「掃除婦のための手引書」

「自分にとって生涯手放せないであろう大事な1冊は?」と問われたら、
今の私は、ルシア・ベルリン「掃除婦のための手引き書」(岸本佐知子訳 講談社)と答えると思う。



この本に初めて出会ったときの衝撃は、今でも忘れられない。

物語の中の登場人物が、言葉が、風景が、なにもかもが鮮明で、生き生きと、まるで目の前で息づいているかのような描写の数々。
その中に、癒しようのない、人々の孤独や絶望を垣間見る。
それでいて最も強い印象を感じるのは、たくましい生命力で、読後は絶望ではなく希望に満ち溢れ、「生きている」ことを強く実感させられる。
圧倒的な文章。

たった1冊の本に、人生のすべてが詰まっているように感じたのだ。

「掃除婦のための手引書」は著者であるルシア・ベルリンの私小説的な短編集である。

アラスカ州で生まれ、鉱山技師の父親と北米の鉱山町を転々とし、南米チリで育ち三度の結婚・離婚、4人の息子のシングルマザ-であった著者は、教師、看護婦、掃除婦、電話交換手などの職歴をもち、脊椎湾曲症、アルコ-ル依存症をかかえ、波乱と紆余曲折の人生を歩んできた。

この作品に収められた、24の短編はいずれも作者の人生が色濃く投影されている。 

私自身とは全く違う時代、国、生き方であるにもかかわらず、「これは自分の物語なのではないか」と思えてくるのが不思議でならない。

孤独な幼少期、南米チリで過ごした少女時代、家族からの虐待におびえてすごす日々、繰り返す離婚と結婚、多種多様な仕事、アルコール依存・・・ひとつも自分には当てはまらないのに、すべての物語が普遍的なテーマと感じ、そしてなぜだか自分のことのように感じる。

レイモンド・カーヴァー、リディア・デイヴィスをはじめとする多くの作家に影響を与えたが、生前は一部にその名をしられるのみであったそうだ。2015年にこの本の底本となる「A Manual for Cleaning Woman」が出版されると、同書はたちまちベストセラーとなり多くの読者の驚きともに「再発見」された。

どんな境遇でも、カラっとしたユーモアを持ち合わせ、たくましく生きていたのであろうことが、それらの文章の節々から垣間見える。

別の国の別の時代に生きた一人の女性からこのような形で勇気をもらうとは思いもしなかった。

これからもこの1冊はずっと大切にしたいと思う。

どのページをめくってもそこにまるで彼女の命が吹き込まれているように感じている。

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