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『ボーンズ・アンド・オール』最も気高い究極の愛の話

観終わって2日以上経っているのに未だにこの2人を思い出す。きっと私が何も手につかなくなっているのは紛れもなくこのせいだ。


観たのは間違いなく“カニバリズム”を題材にしているR18の作品であるのに、ここまで心を動かされるとはどういうわけなのだろう。


「もしかしたら自分だけなのではないか」

思春期の頃は自分自身の気持ちや身体の変化に戸惑い、誰にも相談することなくうまくやり過ごしていた。生まれて初めて感じた誰かと触れ合いたいと欲した時のことや怖くて寂しかったけれど平気なふりをしていた感情のすべて。もう忘れてしまったかと思っていたあの時の自分の延長線上に今の自分がいることを思い出す。
当たり前の普通の暮らしがいい。ただ、読書や映画鑑賞といった誰にも邪魔をされることのない私だけの世界と、自分のことを唯一知ってくれている大好きな人と、自分たちのことを誰も知らない土地で暮らしたい、というささやかな願望。



孤独感や疎外感を感じたことがない人などもしかしたらこの世にひとりもいないのではないだろうか。

特にこの数年、パンデミックを経験した私たちの多くはかつては同じであったはずの誰かと次第に考えや感覚がずれてきていたという経験をしてしまった。今自分の生きている環境やコミュニティに上手く馴染めないと感じこの先の人生に希望を感じられない人の心にこの作品は、(グロテスクな方法でありながらも)優しく寄り添ってくれていたように感じる。たとえ誰かと肉体的に交わったりしたところでその人と同一化はできない。それが分かっていても、それでも私たちはこの世にたったひとり、そういう分身のような存在がいることを願ってしまうものだ。

この作品を最後まで目撃したとき、私はどうしてなのかピュアな彼らしか辿り着くことのない究極的な愛を見てしまったように感じてしまっていた。



ルカ・グァダニーノ監督は、「この作品には一切の皮肉や風刺をこめたくなかった。2人の感情を真っ直ぐに描きたかった。」と言っていた。



アメリカ中西部の美しくもどこか寂しさの漂う風景は快楽的な自然描写で魅せてくれるルカグァダニーノ監督らしく、私たちのもつ全ての感情を温かさと寛大さで包み込むようにしてくれていたように思う。

今や一世代に1人と言わしめるほどの俳優ティモシーシャラメと、意志の強さと繊細さを同居させた唯一無二の魅力を持った女優テイラーラッセルの2人がとても素晴らしく、この2人なしにはこの作品はできなかったのだと感じる。


ピュアでまっすぐな目で、人との違いに戸惑いながら強く生きようとするテイラーラッセルにはかつての若かった私自身が共感してしまう。

普通の人と違うどころか自分自身でもそのグロテスクさを受け入れられていない2人。

互いに子供の頃から異質であるという自覚を持ってどうすることもなく生きてきていた2人が偶然に出会い惹かれあっていく姿。

同じ部屋で喜びはしゃいでいた2人の顔が、私はどうしたって忘れられない。

→今作についてはPodcastでも語っています。

『ソーシャルネットワーク』でも手がけていたトレントレズナー&アッティカロスの劇伴も素晴らしい。

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