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大冒険

物心がついて、初めての大冒険の目的地は、近所の小さな小さな本屋さんだった。

どうしてもほしいマンガがあった。それが何だったのか、いまでは思い出せない。

百円玉を握りしめ、意を決して一人、その本屋さんまで歩いた。店のおじさんに、こう言ったことをいまも鮮明に覚えている。

「これ、ください」

もう何十年も前のことだけど、百円じゃ本一冊買えないのはいまと同じだ。

おじさんは、すごく優しい顔で答えてくれた。

「ボク、ごめんね。これじゃ、足りないんだ」

恥ずかしかった。言葉が出て来なくて、走って家に帰った。

ボクは大人になった。

宇宙船と潜水艦以外の乗り物にはたいがい乗った。ヨーロッパ、アメリカ、アフリカにも行った。山の中で寝泊まりしたこともある。

でも、あの時の本屋さんへの旅を超える大冒険には、まだ巡り会えていない。

本屋さんは月極めの駐車場になった。

軒先の赤いポストだけが、古びたまま残されている。

#渡辺美里 #大冒険 #短編小説 #詩 #エッセイ #400文字のショートストーリー #本屋

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