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自己紹介

はじめまして。Fumikaです。
SNSの情報から、ある日、自分がHSP(Highly Sensitive Person)ということが分かり、HSPの事を勉強する中で、「そっか、だからか!」と思える事が沢山ありました。
敏感さはネガティブとイコールではない。HSPである自分、脳の神経処理が深い自分をポジティブに捉えて強みとして活かしていきたい。
そんな思いから、このブログでは私の幼少期や過去の記憶、また日々感じた私の心模様をゆるりと綴っていこうと思います。

自律神経の働き、幼少期に自律神経の基盤をしっかり作っていくことがその後の人生に大きく影響することになる。
幼少期に安心安全な場所をいかに作ってもらえたか。
わたしの幼少期は決して安心安全な場所ではなかった。両親が喧嘩していたのがよく思い出される。今思い返せば、喧嘩というより父が母に対して一方的に怒り散らしていた。一度父の機嫌を損ねてしまったら大変。でも楽しく父からの愛情を感じるときもちゃんとある。父親はどちらかと言えば小さな私からみたらなんとも難しい恐怖の存在であった。

幼少期の記憶で前後の流れはまったく覚えていないのにある一場面だけ鮮明に覚えている記憶がある。私が当時2~3歳ぐらいのある夜の出来事、母が部屋の暗闇で誰かに電話をしている。寝ていた幼い私が起きてきて、それを見つけ、何か母に大変な事が起こっていると母の様子から何かを察したのか、幼い私は「救急車に乗って行っちゃうの?」と足をじたばたして泣きながら言う。母は「大丈夫だから、もう~」と父が起きてきては大変だという様子。幼い私は知っている言葉を必死に絞り出して「救急車に乗って行っちゃうの?」と言った、そんな感覚も残っている。私は母がどこかに行ってしまうのではないか心配だった。

母は父との結婚生活でとても苦労していたと思う。この夜、母は田舎の祖母に電話をかけていたのだ。母の気持ちを幼い頃から敏感に察知しているHSC (Highly Sensitive Child)な私が垣間見える。

幼い頃から私は、生きるのって大変だな。なんて世界に生まれてきてしまったんだと。そんなことを心の隅で感じていた感覚がある。

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