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ハワイでスカイダイビングをした話


十年以上前に、友人とハワイでスカイダイビングをした。

当時、書いていた小説に「パラシュート降下で敵地へ潜入する」シーンがあった。
書いているうちに「パラシュートで降下するのは、どんな気分がするのだろう」と体験したくなったのである。

一緒に旅をする友人もスカイダイビングを是非ともやってみたいと言った。彼女もパラシュート降下するような話が大好きなうえに、魂自体が冒険家なのである。


当日はスカイダイビングの会社が、車で迎えに来てくれた。
車内にいたのは迎えのスタッフを除くと、男女合わせて6人。これに我々2人を合わせて合計8人が飛ぶ。

事務所に着いて一番最初にすることは、誓約書に目を通してサインすることである。
簡単に言うと「たとえスカイダイビング中に事故で死んでも、会社を訴えません」という内容だ。

書類の一番よく見える場所に「あなたは怪我をするか、死亡するかもしれません」と書かれてある。
他にも「死亡するかもしれないことを承知の上で、スカイダイビングをすることを自発的に選択しますか」とか「貴方は重傷を負うかもしれないし、死亡するかもしれない」などと、あちこちに書かれている。

もちろんサインをせず、金を払ってドタキャンすることも可能である。ちなみにキャンセル料は当時の金額で500ドルだ。

友人と私はサインした。そして全員のサインと準備が終わるまで、のんびり待つことになった。

スカイダイビングをする前に、私は経験者の話をネットでいくつか読んでいた。
そこに書かれていたのは、

「高度の高低を選べるなら、高いほうにしろ。自由落下の時間が長いから、長く楽しめる」
「思い出になるので、オプションで動画撮影をつけろ」

私はその言葉どおり、普通の写真と動画撮影オプションを付けた。いい資料になりそうな気がしたからである。
ちなみにオプション料金が高額なのは、インストラクター以外に撮影専門スタッフも一緒に飛ぶからだ。

そして飛ぶ高度1万4000フィート(およそ4300メートル)
富士山の高さが3776メートルなので、富士山頂よりも高いところから落下することになる。


さて、素人がスカイダイビングをする場合、自分一人が飛ぶのではなく、インストラクターとタンデム飛行することが決まりである。
つまりスカイダイビングの師匠と身体のあちこちをガチガチに接続し、二人羽織のような状態で飛ぶのだ。

友人の師匠は「ヒャッホー! ヒュー!」と元気のいい声を上げるハワイの青年で、日本語は全くできないようである。
一方、私の師匠は落ち着いた雰囲気の日本人男性だった。

飛ぶときのポーズや注意事項を教えられ、すべての準備が終わった。
その日は飛ぶ人数が多かったせいで、2班に分かれた。
飛んでいるところを撮影しない組と、撮影する組である。
撮影しない組が先に飛び、そのあと撮影する組が飛ぶ。我々は撮影するので、あとのほうだ。

先発組が下りてきたあと、我々はセスナ機に乗った。
小さな板張りの飛行機である。
中にはベンチのような長椅子がいくつかあった。
我々は撮影やタンデムの準備があり、そもそも上がったらすぐに飛び降りるのだから、旅客機の座席みたいなクッションのきいた椅子に腰掛ける必要はない。

分かっていても、普段乗っている飛行機とは全然違うので、驚かずにいられなかった。
友人は私よりも衝撃だったようで、十年以上経ったいまでも機内の話をよくする。
「着陸するとき、めっちゃ衝撃がきそうって思ったけど、よく考えたら私ら途中で飛び降りて、最後まで乗っているのパイロットだけやもんなあ。座席にクッションとか、いらんはずやわ」


全員の乗機を確認すると、板張りのセスナ機は飛び立った。
セスナ機自体が小さいせいで、助走も短ければ、高度を上げるのもとても早い。見る間に地上が小さくなり、視界のほとんどが青い海と空になった。

海の青は深さによって色が変わり、濃さが3つに分かれている。
入浴剤のようなセルリアンブルー、マリンブルー、そして深海を思わせる黒っぽい青だ。

飛び立った滑走路もとっくに見えなくなっており、オアフ島の南半分の形がよく見える。
高さ1万4000フィートというのは、スカイツリー7個分ぐらいである。障害物は何もなく、見晴らしは最高だ。

綺麗な光景だね……と、のんびりしたいところだが、撮影スタッフは頻繁にスライドドアを開き、半身を乗り出していた。上空から、いい感じの風景を撮影するためである。
「あ、危ない! 風強い! 落ちそうだから、早くドアを閉めて!」
と、何度も思ってしまったが、よく考えると自分もこれから落ちるのだ。危ないなどと考えている場合ではない。

セスナは、さらに高度を上げた。
その間、私とスカイダイビングの師匠は、たくさんの金具でぴったりとくっつけられた。
師匠のうちの一人がハッチを開いた。

目の前は空。雲ですら足の下である。
――マジで、この高さから飛ぶんか?
そう思ったとき、師匠のうちの一人が陽気に言った。

「OK、GO!」

うわあああ、マジで飛ぶんか! 当たり前だよな! そのために来たんだから!

心の中で慌てていると、最初の人――私の友人が飛ぶことになった。
まずは撮影スタッフが外に出て外壁に掴まった。これからジャンプする友人を撮影するためである。

飛ぶセスナ、吹きすさぶ冷たい風、セスナの外壁にへばりついている撮影スタッフ。

写真を見返すと「わあ、トム・クルーズの映画みたい」と、のんきなことを思ったが、あのときは心の中で絶叫していた。
「危ない! 危ないって! そんなところにいたら落ちる! 落ちるって! マジで!」

焦る私の目の前で――本当に落ちた。
師匠とくっついている友人と、撮影スタッフ。
合計三人が、大空の彼方へと落下していったのである。

あああああああああああああ…………。
と、友よ……。
さ、さようならぁぁぁぁぁぁ……………………!!!!!

虚空に消えた友人の姿を探そうとしたとき、私とくっついている師匠は明るく言った。

「はい、次でーす!」

次は私ですか!!! そりゃそうだ、友の次は、やっぱ私ですよね!!!

もうちょっとあとでもいいのですよ、と尻込みしそうになった。
しかし私は師匠とくっついているため、師匠が前に出ると私も前に出る。
そのとき分かった。
初心者が何故、最初はインストラクターとのタンデムなのか。

人は訓練されていないと、すぐに飛べない。一人だと絶対に怖じ気づく。
だがセスナの燃料が尽きるまで、上空でぐずぐずするわけにもいかないのだ。

なので下を見ながら一人で「勇気を出して、私……!」などと考えるより、師匠と一緒に強制的に飛んだほうがいい。一瞬のことで、怖いと思う暇もないからだ。

撮影スタッフは私にカメラを向けて言った。

「スマイル! スマイル!」

私は笑った。ここで笑っておかないと、高い撮影代を損した気分がする。
のちに写真を見ると、私は半分白目で口元だけ笑い、そして腰は完全に引けていた。

撮影タイムが終わると、師匠は言った。

「はい、ジャンプ!」

次の瞬間、私は師匠に引っ張られて大空へ飛び込んだ。


うわああああああああ、落ちる! 落ちる! 落ちる!!!


このとき私はスカイダイビングを少し誤解していた。
飛行機から飛び降りたら、すぐにパラシュートが開くのだと思っていた。

実際は、すぐには開かない。
スカイダイビングの料金表にあったのだが、高度が高ければ高いほど、フリーフォールという名のご褒美時間が長くなる。
今回のプランだと、パラシュートなしで落下し続ける時間が1分ぐらいあった。
説明書きにあったはずだが、落下している間は完全に忘れていたのである。


パラシュート! 早く早く! 早く開いてえええええええ!!!


これもあとで気づいたのだが、実は小さいパラシュートは開いていた。
全然パラシュートがない状態だと、落下スピードが速すぎて、フリーホールが、あっという間に終わってしまうからだろう。

パラシュートのことばかり考えている私に、師匠と撮影スタッフは言った。
「はい、両手を大きく開いて、笑って笑って!」

下から突き上げてくる風が頬肉を持ち上げる中、私は笑った。
いい感じに笑顔になっておかないと、写真や映像を見たときに後悔しそうだからである。
私は言われるがままに両手を開け、親指と小指を立てるアロハポーズをし、ずっと笑顔でい続けた。

長くて短い時間が過ぎ、ぐんっと上に強く引っ張られた。
ようやくパラシュートが開いたのである。


助かった……。


私は心底安堵した。
周囲の景色を見る心の余裕ができた。

飛ぶ直前は、こんもりした緑色の塊だったオアフ島が、航空写真程度には地上のものが判別できるようになっていた。
足の下にあった雲は、再び頭の上にある。
空も海も陸地も、常夏の楽園らしい青と緑に覆われて、とても綺麗だ。

なごんでいる私に師匠は言った。
「下りている最中はアクティブな感じがいいですか? それとものんびりしているほうがいいですか?」
私は力を込めて言った。
「のんびりと……できるだけおとなしい感じでお願いします」


降下するにつれて、地上に近づくスピードが速くなった気がした。
海と空だけだと目印が何もないので、自分がどのぐらいの速さで落下しているか分からない。しかし地面という分かりやすい目標があると、そこに向かって急速に近づいている感じがある。

着地し損ねて、脚を折ったりしませんように……。

心配する私をよそに、師匠は危なげない動きで、無事地上に降ろしてくれた。
先に地上にいた友人と再会したが、心なしか友人の顔が青い。

「実は下りている最中に、ぐるんぐるん回されてねえ……」

空を見ると、縦(!)に回転しながら下りているパラシュートがあった。私よりあとに降下した人である。
どうやら友人担当のヒャッハー師匠は、サービスのつもりで大回転をしてくれたらしい。
友人は回転自体は楽しかったようだが、乗り物酔いになってしまったようだ。

師匠が私に言った「アクティブな感じがいいですか?」の正体が分かった。
もしも「ノリノリアクティブでよろしくお願いしまーす」と言ったら、私も縦回転していたのである。

私は乗り物に弱いので、そうならなくて本当によかった。あやうく大空に向かって吐き散らかすところである。日本人インストラクターで本当によかった。


かくして私のスカイダイビング体験は終わった。
生涯忘れることのない、とてつもない出来事だった。「スカイダイビングを経験して、人生が変わった」という人もいるが、大げさな表現ではないだろう。

ちなみに私は自分のキャラを高度8000メートルから降下させて、2分間フリーホールをさせてからパラシュートを開かせていた。
高度もフリーホールの時間も、私の倍である。
しかも着地後、敵に襲わせたりしていたのだ。

「なんか……悪かったな」
自分のキャラにちょっとだけ謝りたくなったが、今後機会があれば、また遠慮なく飛行機から落とすだろう。


だが私自身は、もう飛ばないと思う。
すばらしい経験だったが、一度だけで充分だ。




私が見えていなかっただけで、本当はいろいろ違っている部分もあるかもしれません。
そもそも14年前のことなので、覚え違いをしていることもあるかもしれません。
どうぞご了承ください。

せっかくなので写真もUPしてみました。


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