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コーヒーカップが消えない世界で

ことばを扱っていて、怖いのは「ことばが消える」こと。

そうなるときって、なんとなくわかる。やらなければいけないことが押し寄せていて、タスクという波にうまく乗れていないとき。

いつも目の前で自分を取り巻いているはずのたくさんのことばたちが、気が付いたら消えている。それでもなんとかつかもうとして、ことばの面影っぽいものをつかもうとした瞬間にひゅんと消えてしまう。

忙しさの中に締め出されたような真空地帯ができる。いろんなものが吸い込まれていく。

物理的にではないから余計に厄介だ。物理的なモノや状況は何も変わらない。そこにあるはず。なのに、ことばが自分の意識や認知からは消滅する。だから、あるはずのものが「ない」のだ。

それこそ、コーヒーカップが消えたりする。

世界から名詞がどんどん剥がれていく。コーヒーカップが消えたりする魔法にもよく感染します。           2014年1月14日 毎日新聞


実は、このことばはある若年性認知症の方が書かれていたものだ。

「コーヒーカップが消えたりする」ということばのリアリティとそこに込められた掴みようのない重み、もどかしさ、喪失感。いろんなものが一気に目の前を覆って立ちすくむ。

若年性認知症の方のことばを自分の「空白」と一緒にするなと怒られるかもしれない。そのとおりだと思う。ことばの重みという点では全然違ってくる。

だけど、自分のどこかで「コーヒーカップが消えたりする」ということばとシンクロしたのは事実なのだ。

自分はいま、たまたままだ目の前のコーヒーカップを失っていない。それはあたり前ではないのかもしれない。

ものを書くことをあまりにも日常的にやっているから、ことばを失うかもしれない可能性すら考えることもない。

世界をことばで認識できない世界。想像することはできるけど、きっと本当にそうなった世界は想像なんて遥かに超えてるのだろう。愛したもの、じんわりと喜びを与えてくれたもの、せつなさがそっと撫でていったもの。すべてが目の前にあるのに透明な無になっていく世界。

僕たちは、思ってる以上に「ことば」で大切なものに触れている。


※昔のnoteのリライト再放送です


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