君の鼠は唄をうたう(4)はなおとめ
「おれっちの世界では、うたうことが禁止されてるんだ」
鼠はえらく改まったまま僕に話す。
「じゃあ、なんでここでこんなふうに騒いでるのさ」
「秘密の集まりなんだよ」
「よくわからないな」僕は言う。「唄いたきゃ、うたえばいいだけの
話だと思うんだけど」
鼠はしばらく考えてから、僕と同じように壁にもたれて話しはじめた。
「昔は、唄ってたさ。これでもおれっち、唄うたいになりたかったんだ。
5年前さ。あんたと同じように、この下水に迷い込んで鼠になった男がいた。
男は唄がうまかった。おれっちも聞いたさ。聞いたことのない声だったね。なんていうか、それは唄というより感情そのものだった。
最初は警戒していた鼠たちも男の唄にひかれて心を開いたのさ。唄の評判を聞いて、いろんなところから鼠たちがやってきた。その中には王様の娘の姫鼠もいたんだ。
姫鼠は男に恋をした。そんなふうに感情を表現できる鼠なんていなかったからね。だけど……」
鼠は僕のほうをじっと見ていた。僕は何も言わなかった。
「その話が王様にも伝わったんだ。王様は許さなかった。そりゃそうさ。外の世界からきたやつと恋に落ちるなんてね。ふたりは悩んだあげく、駆け落ちしたんだ。よくある話さ。怒り狂った王様は、唄うことを禁止した」
いつの間にか、集まっていた鼠たちはどこかに引き上げてしまい、僕と鼠だけがポツンと取り残されていた。
「なのになんで唄をうたいたいなんて言うんだよ」僕は言った。
鼠はちょうどいい言葉を探すように、うつむいていた。それでも、何も見つからなかったのかこう言った。
「おれっち、これといって何も特技がないんだ。唄うこと以外に。足だって早くないし、頭もよくない。仕方ないから、いつも口笛を吹いて暮らしてるんだ」
「……」
僕は、しばらく考えてから言ってみる。
「あの口笛、悪くなかったよ」
「ありがとう。でも、口笛じゃだめなんだ」
「だめ?」
「届かないんだ」
……つづく
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◎熊にバター
日常と異世界。哀しみとおかしみ。ふたつ同時に愛したい人のための短編集(無料・随時更新)