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いいライターだけを目指してはいけない話

こいつ何言ってんだ? と思われるかもしれないけど、最近わりと真剣にそう思う。

まあ、一応10年以上フリーランスのライターとして食べてきた人間の戯言として聞いとくれ(語尾)。

ジャンルは違っても「仕事」でライティングをしてる人全般に当てはまると思うのだけど、いまはライターの価値が昔より目減りしてる。ライターのインフレ化だ。

なんでそうなるのか。いちばんの要因はライターを含めた「書く人」の増加だ。ほんと増えてるよね。昔はメディアも限られてたし、そもそもライティングはある種の「特別なスキル」だった。

いまはもう言うまでもなく、いろんなところに「書く人」があふれてる。

BtoBの世界でも、以前なら外部のライターに依頼してたことも、いまは実務もできてライティングスキルも持った人がやれてしまう。ライターのインハウス化だ。全部が全部ではないけどグロースしてる企業では珍しくない。

じゃあ、ライターはどうするのか。職種は違うけれど、わりと自分の腕一本なところに共通要素もある通訳者の世界も参考になる。

日伊通訳者のMassi(マッシ)さんも、いまは通訳者の価値が見えにくくなってるという。

企業から見ると、通訳者は言語以外にメリットはない。
今後は通訳者が増え続ける中で、外国語が話せるというのは、もはやビジネスをする上で特別な事ではない。
通訳者は、言語以外の商品価値を自らに見出さなければいけない。

もちろん通訳者の存在とかプライドを否定してるわけじゃない。ここだけ切り取ってしまうとあれなのだけど。

この「通訳者」を「ライター」に置き換えても同じだと思うのだ。ライターが増え続ける中で、取材ができて文章が書けるというのはもはや仕事の文脈では特別なものでもなんでもない。

ライターという「機能」だけでいいライターを目指しても、そこにあまり価値は見出してもらいにくくなってるのだ。

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これは機能で差別化できなくなった今の市場全般と似ている。

機能を持つのは当然で、その「前後」のユーザーの期待感や使い心地、使った先に得られるもの、そういったものも考えデザインして相手に合わせて提供できる人が価値を持つ。

もう一度Massiさんの通訳者の文脈で言うと、こういうことだ。

通訳者は正社員でもあり、コンサルタントでもあり、信頼できる存在でもあり、時々は日本側の営業者としての形も持つべきだ。今書いたことができるのは、通訳者だけなのだ。
通訳を介する事で、物が売れる可能性が高くなる。物を売るには通訳者が必要。このバルブを太くすることは、いい通訳者になるための一つの手段だ。

ライターはただ取材して文章を書けるだけでなく、メディアやクライアントの課題に一緒に取り組む中の人でもあり、外部からの視点を持った協業者(コンサルというと言い過ぎなときもあるので)であり、信頼できる存在であり、ライティングを通してメディアやクライアントの利益を増やす。

利益といってもお金だけじゃない。メディアやクライアントの存在意義を維持したり高めることも利益だから。

正直言って難易度高い。だけど、いまはライターに限らずどんな職種でも機能だけ高めてもあまり需要はない。

その壁を超えるには、Massiさんも書かれてるように「相手を成功させること」なのだろう。ビジネス界隈でいうところのカスタマーサクセスの考え方と同じだ。

機能としての「いいライター」を目指すのではなく、相手を成功させる、もっと大きく言えば世の中を良くするためにときには相手の中に入って考え、外からの視点も持ってライティングする。

10年先には、たぶんそんなふうに「いいライター」の概念も変わっていくんじゃないのかな。